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ローラ・モンテス/wikipediaより引用

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アイリーン・アドラーと悪女ローラ・モンテスが痺れる程にカッコイイぜ、参ったぜ!

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現代人が読めば、ミステリーの「古典」となってしまうシャーロック・ホームズシリーズ。
しかし、執筆当時の人々にとっては最新作なワケで、その時の世相や事件が反映された、いわば時流に乗った作品でした。

そんなホームズシリーズで印象的なキャラクターが、アイリーン・アドラーです。

短編『ボヘミアの醜聞』にのみ登場する女性で、あのホームズをまんまと騙し、颯爽と退場。
大胆かつ賢く自由なキャラクターは、他の登場女性(典型的なヴィクトリア朝淑女)と比べて明らかに異質で、今なお高い人気を誇っています。

そんなアイリーンは、映像化作品では原作以上に目立つ活躍をすることが多くなっています。
パスティーシュ作品では、彼女がホームズとの間に男児をもうけた設定のものや、彼女自身を主役にした作品も存在します。

このように人気の高いアイリーン。自由奔放な彼女も、実は当時の世相を反映させたキャラクターだったのです。

 

ヴェールを脱いだ寵姫たち 雲の上では生きられず

アイリーン・アドラーは、アメリカ出身のオペラ歌手であり、当時王太子であったボヘミア国王と関係を持った女性でした。

彼女は結婚を目前としたボヘミア国王を、二人で撮影した写真があると脅迫。
そんな彼女が『ボヘミアの醜聞』に登場した時、当時の読者はリアリティをもって受け止めたことでしょう。

この写真による脅迫は、まさにこの時代ならでは。
寵姫の姿が肖像画のみで残されていたときにはありえないことです。

時代がくだり二十世紀も半ばとなれば、よほど際どいものでもなければ写真一枚で脅迫はできないでしょう。
ボヘミア国王は「アイリーンの身分が釣り合えば結婚できた」と残念がりますが、これも彼の孫の代にでもなればたいした障壁とならなかったはずです。

作品発表当時の1891年。
国王の寵姫は庶民にとって隠された存在ではなくなっていました。

かつて、国王の寵姫たちは宮殿に暮らし、庶民が彼女らの姿を直接見る機会はほとんどありませんでした。
寵姫の肖像画も宮殿の壁を彩り、庶民の目に触れる機会はありません。
生まれは庶民であっても貴族夫人という大層な肩書きを与えられた彼女らは、まさに雲の上の存在でした。

そんな寵姫たちが雲の上の伝説の美女から、庶民も目にすることのできる存在まで変化したのは、近代以降です。

アイリーン・アドラーのモデルの一人とされるリリー・ラングトリーは、ヴィクトリア女王の長男であるエドワード七世の寵姫の一人でした。
彼女の美貌は評判を呼び、あるパーティでの姿は絵葉書になり話題を呼びました。
シャーロック・ホームズと同時代ともなると、庶民でも国王の寵姫の顔を知ることができた、ということです。

リリー・ラングトリー/wikipediaより引用

かつて優雅な暮らしを送った寵姫たちは、ひとたび国王が崩御するか、寵愛を失うかすれば、地方の修道院や城でひっそりと暮らすことになりました。

ところがこの時代になると、莫大な年金もあてにはできなくなります。
自力で愛人を探したり、回顧録を出版社に持ち込んだり、はたまた歌手や女優として舞台に立ち、生活費を稼がねばなりません。写真どころか、踊り愛嬌を振りまく元寵姫すら、見る機会があったということです。

分厚いヴェールの向こうにいた寵姫は、その姿を見せるようになっていたのです。新聞を読みあさり、ゴシップ情報を求める人々が彼女らに注目しました。

流行に敏感なコナン・ドイルが、これを見逃すはずがありません。
「国王と野心を抱いた寵姫で話を書いたら、読者に受けるんじゃないか?」

この時点で掴みはオッケー、のはず。
狙いは当たり、記念すべきホームズシリーズ三作目、短編では第一作となる『ボヘミアの醜聞』はヒットを飛ばします。

 

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どんな男をも虜にしてしまうローラ・モンテス

アイリーン・アドラーのモデルは、リリー・ラングトリーだけではありません。

ローラ・モンテス――。

バイエルン王ルートヴィヒ一世の寵姫もその一人と言われています。
清楚な要望のリリーと比較すると、ローラは挑発的なまなざしをした気の強そうな美女であり、『SHERLOCK』でアイリーン・アドラーを演じたララ・パルヴァーが彼女に似ています。

さらには、上品な性格でエドワード七世の王妃にすら好かれたリリーと違い、ローラは世間から徹底的に嫌われた、野心に満ちた女性でした。

本名はマリー・ドロレス・エリザベス・ロザンナ・ギルバート。

のちにローラ・モンテスと名乗る女性は大いなる美貌に恵まれていました。
豊かな黒髪、情熱的な碧眼、誘うようなまなざし、肉感的な唇。そして豊かなバストを備えた彼女は、若い頃からありとあらゆる男を虜にする魅力にあふれていたのです。

1818年にイギリスで生まれた彼女は若くして軍人と結婚したものの、その魅力と奔放な性格がたたり、夫に愛想を尽かされてしまいました。

彼女が生きていた当時、離婚した女は社会からの「はみ出し者」として、後ろ指をさされていました。
しかし、ローラに日陰者としてこそこそ生きるという選択肢は存在しません。
どうせ「はみ出し者」になるのなら、自由奔放に生きてやる!
それがローラのやり方です。

開き直った彼女は、スペインの踊り子ローラ・モンテスと名乗り、ロンドンでセクシーダンサーとしてデビューします。
当時、ダンサーという仕事は娼婦と五十歩百歩。
まっとうな淑女にはありえない、いかがわしい職業でした。

しかしローラはダンサーとして成功をおさめます。
社交界でも話題となった彼女はジョルジュ・サンドはじめ名士と親交を結び、浮き名を流しました。
ワルシャワ、パリ、そしてミュンヘン。恋の噂とともにヨーロッパ各地を転々としたのです。

1846年、ローラはバイエルン王国の首都・ミュンヘンにたどりつきます。既にヨーロッパ社交界で有名人となっていた彼女に、バイエルン当局は困惑しました。

 

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芸術を愛する国王は美貌も愛し、堕ちていく

ミュンヘン市民は素朴な家庭生活を大事にします。そんな市民の価値観と、ローラの生き方は真逆なのです。

このセクシー過ぎる妖婦は市民に悪影響を及ぼすのでは?
そう考えた当局は、彼女が劇場で踊ることを阻止しようとしたのでした。

が、そのくらいでめげるようなローラではありません。

「宮殿に行って、直接、王にかけあってやるわ!」

彼女は強引に宮殿に乗り込みます。
そこには芸術を愛する国王ルートヴィヒ一世がいました。ローラの評判を知っていたルートヴィヒ一世は、美貌とそのセクシーな肉体に目をみはり、こう尋ねます。

「貴女のそれは、天然ものかね?」

ローラはその問いに答えるため、胴着をはだけました。
すると天然ものの豊かなバストが飛び出し、国王の目を釘付けにしました。
ローラは驚くべき巨乳で、ルートヴィヒ一世はあまりの大きさに「本物なの? 寄せてあげてない?」と疑ったわけです。

ルートヴィヒ一世はローラの天然の膨らみを見ると、たちまち魅了され、上演許可を与えたのでした。ばかりかローラが王立劇場で踊る姿を見ると、国王は「彼女にはすっかり魅了された」と側近に語ります。
ルートヴィヒ一世は美しいものをこよなく愛した芸術家肌で、その中には美しい女性も入っていました。国王の火遊びには慣れていた側近ですら、今回ばかりは危険ではなかろうか、と危惧しました。

側近たちの予感は的中します。
国王は午後になると、ローラの私室に入り浸り、愛の詩を書き送るようになったのです。
このとき既に年老いていた国王とローラはプラトニックラブだと主張しましたが、周囲は「しらじらしい嘘をつくよなあ」と信じませんでした。

ローラ・モンテス/wikipediaより引用

 

自宅を襲撃した暴徒に対し、シャンパンを振る舞うクソ度胸

年老いた王が若い巨乳美女とロマンスを楽しんだところで、国民にとっては不愉快ではあったでしょうが、たいした事態ではなかったでしょう。
問題は、ローラが政治的野心と自由主義思想の持ち主であったことです。
彼女は自らの考えをルートヴィヒ一世に吹き込み、内閣を解散させるわ、人事に介入するわ、やりたい放題に振る舞い始めたのです。

これに対抗すべく、ローラの政敵は、彼女を「妖婦や魔女」と罵り、悪評を流しました。
が、すっかり骨抜きにされているルートヴィヒ一世は聞く耳を持ちません。
それどころか反対されればされるほど燃え上がるという悪循環となるのです。

ローラは多くの敵を作り、嫌われながらも、国民となり貴族の称号をも得ました。

栄光の一方で嫌われ、自宅を暴徒に襲撃されたりもしています。
しかし彼女は落ち着き払い、暴徒相手に不敵にもシャンパンとチョコレートをふりまきました。
あまりに堂々とした振る舞いには、暴徒たちも唖然としておとなしくなってしまう……。絵に描いたような悪女ではありますが、この度胸にはある種の魅力を感じてしまうのではないでしょうか。

しかし、この恋は、やはり危険過ぎました。

 

「ああ、愛の巣が無残にも壊されてゆく」

フランス革命からおよそ半世紀。

君主制度に好意的なバイエルン王国にも、革命の風はようやく吹き始めます。
芸術を愛し、お忍びで街を歩き市民と酒を酌み交わす気さくなルートヴィヒ一世は、国民の敬愛を集めていました。
そんな長年にわたって積み上げてきた国民との信頼関係を、ローラとの熱愛が崩してしまったのです。

1848年、ローラを嫌うミュンヘン大学の学生たちが彼女を襲撃しました。
怒ったルートヴィヒ一世は大学を閉鎖、ローラを襲った学生たちを追放しようとします。
しかし、彼らはもはや国王を敬愛する古き良きバイエルン国民ではありません。逆に王宮を取り囲み、命令撤回とローラ追放を要求します。

ここまでくると、流石に恋に溺れたルートヴィヒ一世も目が覚めました。
革命が起ころうとしている。
それは国王にとって悪夢そのものでした。

一方のローラは、ルートヴィヒ一世がきっと自分を守ると信じていました。
が、淡い期待はすぐに打ち砕かれました。
ルートヴィヒ一世がローラ追放令に署名したと知った彼女は、ショックを受けながらも貴重品をまとめ、馬車に乗り込みます。彼女の背中に集まった群衆は罵声を投げかけ、家になだれ込むと掠奪が始まりました。

「ああ、愛の巣が無残にも壊されてゆく」

群衆の中には、お忍びで愛する女性を見送るルートヴィヒ一世その人もいました。
おいおい、参加してたのかよ、とツッコミたくもなりましょうか。
いつの世も、未練たらたらになるのは男性なんですかね。

ともかく群衆に対して激昂し、掠奪をやめるようにルートヴィヒ一世が叫ぶと、彼の変装をみやぶった群衆にもみくちゃにされました。
そして、フラフラになりながら宮殿に帰り着いた国王は、こう思います。

「ローラの正体は、彼女の敵が言うような魔女ではなかったか? 国を傾けるために送り込まれたスパイではなかったか?」

彼はふさぎ込み、王位を返上。
そしてその二十年後、82歳で崩御しました。

 

捨てられた男の中には自殺する者も!?

一方でローラは国王の愛人から、恋多き女、扇情的なダンサーに戻りました。
彼女は大勢の恋人を作り、そして捨てました。
捨てられた中には自殺する者もいたとか。

強烈な性格は舞台の上でも多くの敵を作り、次第に落ちぶれてゆきます。
ヨーロッパ大陸からアメリカ、そしてオーストラリア。生きてゆくために彼女は世界を放浪し、「スパイダーダンス」という踊りを披露しました。
しかし時は彼女の美貌を奪い始めます。彼女は四半世紀登っていた舞台を降りました。

最期の日々を、彼女は慈善活動を行い過ごしました。そして1861年、39歳のローラは肺炎で死亡。死の前には梅毒の症状も出ていたとされます。

美しく奔放に生きた彼女は、ブルックリンの墓地に葬られています。
やりたい放題に振る舞ったローラ・モンテス。多くの敵を作り、嫌われたものの、そのわがままながらも強気な振る舞いには、不思議な魅力が宿っています。

模範的な淑女が求められたこの時代、己の才覚と肉体でのしあがり、社交界を縦横に渡り歩いた彼女からは強いバイタリティを感じます。

 

ホームズがきっと懲らしめるんだよ! という引っかけ

話をローラからアイリーンに戻しましょう。

『ボヘミアの醜聞』を読んだ人たちは、写真をネタに国王を脅迫するアイリーン・アドラーを手強い悪女と感じたことでしょう。
そして華やかな歌手としての経歴、美貌、そして国王が語る「鉄の心を持つ女」という特徴から、ローラを連想したことでしょう。

そしてこう思った者も多かったに違い有りません。

「アイリーンというこの女も、きっとローラ・モンテスみたいな妖婦なんだな。ホームズさん、この悪女を懲らしめてやってください!」

これこそが、ドイルの仕掛けた罠です。
読者をミスリードするのは、ミステリのテクニックです。
アイリーンが、かのローラのような悪女で女山師ならば、きっとホームズはその不埒な女を懲らしめるに違いない、一泡ふかせるだろうと期待するわけです。

ところが本作では、アイリーンはまんまとホームズを出し抜き、国王を脅迫することはあっさりとあきらめ、結婚相手とともにアメリカへと渡ってしまいます。
しかもホームズはアイリーンの知力と度胸に感心し、「あの女性」と呼ぶようにまでなるのです。

ローラのような寵姫とアイリーンを重ねていた読者には衝撃的な展開であったことでしょう。
ヴィクトリア朝のお堅い価値観を破る破天荒な悪女が、まんまと逃げおおせるわけですから、これはもう革新的な展開です。本作で用いられるトリックはそこまで複雑ではありませんが、構造的には「騙し」に満ちているわけです。

「いやあ、そうは言うけどねえ。私は世間の下世話な覗き趣味に迎合した小説ではなくて、骨太な人間賛歌とか、歴史ロマンを書きたいわけだよ」

ドイル本人はそうぼやきそうです。しかし、彼は世間のニーズを答え、それを逆手に取り、魅力的なプロットとキャラクターを生み出すわけですから、もうこれは天性の作家ではないでしょうか。

シャーロック・ホームズシリーズ誕生から130周年が経過しました。
それでもなお、アイリーン・アドラーというヒロインが色褪せないのは、コナン・ドイルが当時の世相を反映しつつ、ヴィクトリア朝の規範から飛び出したキャラクターを生み出したからこそ。

アイリーン・アドラーというヒロインは、今後も不朽の輝きを放ち続けることでしょう。

文:小檜山青

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【参考文献】

 





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6位 ホントは熱い!徳川家康


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