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馬に乗って逃げる楊貴妃さん(Wikiより)

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その日、歴史が動いた 中国 女性

世界三大美女の一人楊貴妃が愛する皇帝に殺されるまで 美しさは罪なのか

更新日:

国が無くなる原因は、もしかしたら国を作るきっかけよりも多いかもしれません。

最終的には「戦争に負けて」無くなるパターンがほとんどですが、「その戦争は何故起きたのか?」というところまで見ると実にさまざまな理由があります。

当コーナーでもいくつか現存していない国家を取り上げてきましたが、元から名ばかりの国だったところ、独立・分裂したはいいものの速攻で滅ぼされてしまったところ、はたまた健闘空しく敗れてしまったところなど、枚挙に暇がありません。
どれが何かわかったあなた様は常連さんですね。真にありがとうございます。
今まではヨーロッパ圏のお話が多かったですが、本日は日本から見てご近所にあった”亡国”の話題です。

なぜ美女が皇帝から死を命じられたのか

至徳元年(756年)の6月16日、楊貴妃が唐の皇帝・玄宗より死を賜りました。
”世界○大美女”とか”中国△大美女”という話になると必ず出てくるあの人です。
最近は某料理マンガでコミカルな役としても登場したりしていますし、実在した中国の女性としては1・2を争う知名度ですね。
が、「美女」以外の特徴やなぜ死ななければならなかったかなど、詳しいことについてはあまり知られていません。
一体どんな人だったのでしょうか。

楊貴妃(Wikipediaより)

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名前の意味は「2番目に偉い楊さん」

まず、彼女の名前について少しお話しておきましょう。
”貴妃”というのは中国の後宮で二番目にエライ奥さんのこと。位であって固有名詞ではありません。
他にも○貴妃という呼び名で伝えられている女性はたくさんいます。某少年誌で連載されていた某仙人スペクタクル漫画で目にした方も多そうですね。

楊という名字の家から来たので、合わせて楊貴妃と呼ばれました。
彼女個人の名前は”玉環”というのですが、日本と同じく中国でも女性の本名は滅多に表に出すものではないとされていたので、このような呼び方になったのです。

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美人すぎて息子の嫁を奪取

では、その生涯を見ていきましょう。
楊貴妃はもともと玄宗の妃ではなく、その息子に嫁いできた人でした。
が、玄宗が彼女を一目見て気に入ってしまい「息子よ。あの女性をくれ」とゴリ押ししたため、倍以上歳の離れた皇帝の妃になったのです。息子涙目。

しかも世間体を気にして一度出家させているのですからもう何というか何もいえないというか、そこまでして欲しいかと聞きたくなってきます。いや、むしろここまで惚れられたんなら女冥利に尽きるってもんでしょうか。

ちなみにこのとき楊貴妃21歳・玄宗55歳だったので、一応現代の基準でも犯罪ではないです。一応。
美しき歳の差婚ということにしておきましょう。

こうして一気に後宮のNo2に上った楊貴妃ですが、寵愛を楯にしてふんぞり返るような女性ではなかったようです。
他の妃と多少競ったという話もありますけれど、自ら高価なものをねだったとかゼイタクをしたがったような形跡はあまりありません。
例外は大好物だったライチですが、身分の高さを思えばまあ可愛い範囲でしょう。
他の悪女にありがちな「お城を建てて」とか「他の妃を殺してくださいな」とか「ハ○ー・ウィンストンのダイヤじゃなきゃイヤ!!」といった類のことは言っていなかったようですし。

映画のポスター(Wikiより)

が、彼女本人より玄宗のベタぼれっぽりが問題でした。
どこに行くにも楊貴妃を連れ歩くまではまだいいとして、彼女のために装飾品や織物を作る職人を数百人用意したり、酒宴にふけったりとなかなかよろしくない行状が目立ってきます。

さらに「楊貴妃様に口を利いてもらって出世してやるぜゲッヘッヘ」というコバンザメのような輩が次々に貢物を持ってきたりと、楊貴妃の意思とは無関係に不穏な空気が漂い始めました。

暴走した楊一族が内乱を引き起こす

さらに悪いことに、玄宗が楊貴妃の実家・楊家の人々を意味もなく高い官職につけ出したのですから、他のマジメな文武百官からすれば当然面白くありません。
「あの女、陛下をそそのかして好き放題してやがる!許せん!!」という不満が凝り固まっていきました。

そこで楊貴妃の一族・楊国忠が、安禄山さんという地方の役人について、玄宗にあることないことを吹き込んだのですからさあ大変。
「もう勘弁ならん!!」とキレてしまった彼は、武力を持って楊国忠に対抗し、玄宗の目を覚まさせようと考えました。
こうして”安史の乱”と呼ばれる反乱が起きます。
安禄山は玄宗の信任厚く、唐の大部分の兵を預かっていたので宮殿はあっさり落ちました。ついでに彼は「燕」という新しい国の始まりを宣言し、皇帝を名乗っていますが面倒なので安禄山のままにしておきますね。

馬に乗って逃げる楊貴妃さん(Wikiより)

馬に乗って逃げる楊貴妃さん(Wikiより)

安禄山は逃げた玄宗・楊貴妃・楊国忠らを追って進軍を続けます。
真っ先に槍玉に上がったのは楊国忠でした。それも安禄山側の人物ではなく、玄宗たちに同行していた部下によって殺されています。当人だけでなく子供たちまで皆殺しにされましたが、まだ人々の怒りは収まりません。どれだけ恨まれていたかがわかりますね。

楊国忠は日本の蘇我入鹿ほどではなくても、もし恨まれレベルというようなパラメータがあったら確実に同等あるいは入鹿を超えていたでしょう。
全く誇らしくも羨ましくもない記録更新です。

皇帝みずから首をしめころす

そして部下らは「そもそも楊国忠があんなにのさばったのは、その女が陛下をたぶらかしたからじゃないですか!その女がいなければ、こんな逃げ回ることもなかったのに!!」という無茶苦茶な理由で、楊貴妃の処分を玄宗に訴えます。
反乱者からならともかく、逃避行を手伝ってくれた部下に嘆願されてしまっては、さすがの皇帝もダメとは言えません。
泣く泣く玄宗は楊貴妃を処分する許可を出し、彼女は首を絞められて殺されてしまったのでした。
一説によると、楊貴妃は抵抗することなく粛々と命令に従ったそうです。
本人は悪くないのに(´;ω;`)
白楽天(白居易)の「長恨歌」など、彼女をテーマにした詩作に「けしからん女だったので殺されて当然でした」的な表現がないのは、恐らく当時から楊貴妃自身に非がないと見られていたからなのでしょう。
玄宗も都に帰った後、彼女の絵を描かせたり反対を押し切ってこっそり改葬させたりと、悲しみ振りがわかる行動をとっています。
同情や哀悼で人は蘇りませんが、せめてもの慰めにはなったかもしれませんね。
だから「日本に逃亡した説」はあっても「その後化けて出た」「楊貴妃の呪いが云々」という話がないんでしょうか。
ちなみにその後唐の国自体は続きましたが、安史の乱以前の隆盛を取り戻すことはありませんでした。
反乱も頻発し、あまりのgdgdっぷりに日本からは「もうあの国ダメだ。遣唐使やめよ」という扱いを受け、10世紀には中国大陸の恒例行事・約500年ぶり三回目の群雄割拠時代に突入していきます。

もし楊国忠が調子に乗らなければ、楊貴妃と唐の寿命が延びただけでなく、日本にも影響があったんでしょうね。
遣唐使をやめずにずっと中国文化の模倣と改造をし続けて、平安文化とは全く違った何かが生み出されていたのかもしれません。和歌や女流文学が発展しなかったなんて可能性もなくはなさそうです。
そう考えると日本人としては感謝すべきでしょうか。でも楊貴妃は(´;ω;`)

 

長月 七紀・記

 

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参考:http://ja.wikipedia.org/wiki/楊貴妃





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