日本初の歴史・戦国ポータルサイト

BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)

Wikipediaより

スポンサーリンク

その日、歴史が動いた ドイツ

ノーベル平和賞のシュバイツァー博士ってどんな人?→リア充なのに偉人すぎて感涙

更新日:

 

人の生活習慣や性格を決める要因はいろいろありますが、一番影響を受けるのは生まれ育ちではないでしょうか。
裕福な家に生まれた人と、そうでない人の間では金銭感覚が違いすぎて話が合わないでしょうし、親兄弟が不仲な家で育てば、家族揃って出かけるのが当たり前な家とのお付き合いは馴染めないでしょう。
しかし、本人に「理解しよう」という姿勢があれば、すぐには難しくても理解を進めることはできます。今回はそんなお話です。

Wikipediaより

Wikipediaより

文武両道で金持ちでバッハ研究者で人類の平等を愛する勝ち組すぎるが

1965年(昭和四十年)の9月4日、アルベルト・シュバイツァー(ドイツ)が亡くなりました。
医学・哲学・音楽・神学という文武両道ならぬ文理両道だった人で、さらに19世紀生まれの白人でありながら「人類皆兄弟」として人権活動も行い、ノーベル平和賞を受賞したという人です。しかも実家は牧師さんで、裕福な家庭でした。
つまり全方面において「勝ち組」だったわけですが、そんな人が何故天狗にならずヒューマニストになったのでしょうか。
直接のきっかけは、幼い頃同級生とケンカしたときの口論だそうです。
シュバイツァーは元々体力がハンパない体だったのですが、それを差し引いても圧勝してしまったときのこと。
負けた同級生が「俺だって、お前みたいにいつも肉を食べられれば負けたりしないんだからな!!」と捨て台詞を吐いたとき、シュバイツァーは大きな衝撃を受けました。
自分の家が恵まれていることは理解していたでしょうけども、面と向かって言われたことはなかったのでしょう。
幼いながらに、シュバイツァーは「自分もあの子も同じ人間なのに、なぜ自分だけが恵まれているのだろう?」という疑念を抱きました。ここから後々「異なる人種の人々も兄弟である」と考えるようになっていきます。

スポンサーリンク

30歳になってから医学部に入りアフリカで医療活動

とはいえいきなり哲学や福祉の世界に入らなかったというのがまた、頭の良い人の成せる業。
何でも「30歳までは芸術と科学を学び、その後世の中に尽くしたい」と考えていたそうです。
キリストが30歳から布教活動を始めたため、牧師さんの家に生まれたシュバイツァーにとって30歳というのはとても大切な節目に思えたのでしょう。
そしてその理念通り、30歳まではストラスブール大学(フランス)で神学・哲学の博士号を取って、それから新しく医学部に入り直して医師の資格を取りました。
この時点でとても常人には真似できません。いったいどんだけ頭が良ければ、そんなに多方面の博士号を取るレベルになるんでしょうか。”雲の上”とか”異次元”というのはおそらく彼のような人のことを言うのでしょうね。

ガボンの場所(Wikipediaより)

そして念願かなったシュバイツァーは、アフリカのガボンという国(当時はフランスの植民地)で医療活動を始めます。
やっとこれで思い通りのこと画でいると思いきや、二回の世界大戦が勃発。彼はフランスの大学出身であっても国籍がドイツだったため、強制送還の憂き目に遭ってしまいました。
しかしシュバイツァーは諦めず、幼い頃から習っていてこちらもプロレベルだったパイプオルガンの演奏会を開いたり、講演会を開いて再びガボンで活動するための資金集めを始めます。発想の転換がすげえ。
お金ができると、今度はアフリカとヨーロッパを度々往復し、現地への献身と地元での理解を促し続けました。

スポンサーリンク

「有色人種にはなにしてもいい」という常識を少しずつ変える

ですが、いかに頭が良くてもやはり当時主流であった「白人はスバラシイ!」という潜在意識を完全に消すことはできなかったようで、現地での評価はあまり高くないようです。押し付けがましいと感じる人もいたでしょう。
でも、「有色人種相手には何をしても良い」としてアレコレ非人道的なことをするのが”常識”だった当時の風潮からすれば、ずっと進んだ考え方であることは間違いありません。
ただ、そうした空気の中で一石を投じ、信念を貫いたことによって少しずつ”常識”への疑念を抱く人が増えたのだとしたら、彼の目的は現在達成される過程にあると見てもいいでしょう。
「楽観主義者には青信号しか見えていません。
同じように、悲観主義者には赤信号しか見えていません。
でも、賢者には両方の信号が見えているのです」

と彼が言い残しているように、「今すぐにではなくても、いつか差別がなくなる可能性がある」と信じたいものです。
私たちが生きている間に、というのは難しいかもしれませんが。

長月 七紀・記

スポンサーリンク

参考:http://ja.wikipedia.org/wiki/シュバイツィア
http://earth-words.org/archives/5387





わろてんか伊能栞
(高橋一生さん)のモデル
小林一三とは?


1位 西郷隆盛49年の生涯!


2位 史実の真田幸村とは?


3位 長篠の戦い 注目すべきは…


4位 最上義光 名将の証明


5位 ホントは熱い!徳川家康


6位 意外と優しい!? 織田信長さん


7位 直虎の後を継ぐ井伊直政とは?


8位 毛利元就の中国制覇物語


9位 伊達政宗さんは史実も最高!


10位 最期は切ない豊臣秀吉


注目! 史実の井伊直虎とは?





井伊家 井伊直虎 井伊直政 小野政次 龍雲丸
織田家 織田信長 濃姫 織田信忠 織田信雄 織田信孝 三法師 平手政秀
徳川家 徳川家康 結城秀康 徳川秀忠 松平信康 酒井忠次 榊原康政 本多正信 水野勝成
豊臣家 豊臣秀吉 豊臣秀長 豊臣秀次 福島正則 加藤清正 豊臣秀頼
伊達家 伊達政宗 伊達成実 義姫
最上家 最上義光 鮭延秀綱 山形城 大宝寺義氏 山野辺義忠
毛利家 毛利元就 毛利隆元 吉川元春 小早川隆景 毛利秀元 陶晴賢
島津家 島津義弘 島津の退き口
真田家 真田幸村 真田信之
立花&高橋家 立花宗茂 立花道雪 立花誾千代 吉弘統幸
浅井・朝倉家 朝倉宗滴 姉川の戦い 金ヶ崎の退き口
前田家 まつ 豪姫 前田利長 前田利常
黒田家 官兵衛が長政を叱責の真相
北条家 河越夜戦 小田原征伐 のぼうの城の真実
細川家
仙石家
長宗我部家
武田・上杉家
諸家 足利義輝
剣豪・武術・忍者 宮本武蔵
キリシタン ルイス・フロイス
合戦 桶狭間の戦い 長篠の戦い 手取川の戦い 厳島の戦い 月山冨田城の戦い

◆薩摩藩 西郷隆盛 島津斉彬 大久保利通 小松帯刀 西郷従道
◆長州藩 木戸孝允 木戸松子 高杉晋作 山県有朋


◆古代 安倍晴明
◆江戸 葛飾北斎
◆世界史 クレオパトラ ルイ16世 チェ・ゲバラ


わろてんか あらすじ&感想レビュー

-その日、歴史が動いた, ドイツ
-

Copyright© BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン) , 2017 AllRights Reserved.