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イギリス その日、歴史が動いた

600年以上続くイギリス&ポルトガルの「英葡永久同盟」は紅茶で強く結ばれた!?

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友達付き合いって、年を取れば取るほど難しくなりますよね。
仕事や家庭の事情で友人の優先順位が後になってしまうこともありますし、そもそも「友人になりたい」と思えるような人と出会えることが少なくなってしまいますから。

となると、個人の集まりとして最大単位である国家同士の付き合いも、長くなればなるほど難しくなるのは当然なのかもしれません。
本日はその中の数少ない例外である、とある二国のお話です。

1373年(日本では南北朝時代、文中二年・応安六年)6月13日は、英葡永久同盟(えいぽえいきゅうどうめい)が締結された日です。
英はもちろんイギリス(当時はイングランド)、そして葡はポルトガルのことです。漢字だと「葡萄牙」ですからね。
というわけでイギリスとポルトガルの同盟というわけなのですが、実はいろいろと特筆すべき点があります。

まず最大の特徴は、この同盟が2016年現在も有効だということです。つまり、643年もの長きにわたって存続しているという、とんでもない同盟だということになります。

ハッタリとケンカが基本の国際社会で、一体なぜこんな奇跡が起きたのでしょう? それには、同盟締結当時のそれぞれの事情と、両国の文化や歴史が絡んでいます。

 

イングランドは百年戦争、ポルトガルはレコンキスタ

この同盟が結ばれた当時、イングランドもポルトガルも、まだ地盤が固まったとは言い難い状態でした。
イングランドは百年戦争、ポルトガルはレコンキスタという、両国の歴史におけるビッグイベントの真っ最中だったのです。

前者はフランス、後者はカスティーリャ(スペインの前身になった国の一つ)へ対抗するため、直接利害関係にない協力者を求めていました。
そこで白羽の矢が経ったのが、航路が確立していて協力するメリットが大きかったお互いというわけです。

イングランドの王族であるジョン・オブ・ゴーントがカスティーリャ王位をかっさらおうとしたものの失敗……というミソがつきましたが、何事もなかったかのように、その翌年に娘フィリッパをポルトガル王ジョアン1世に嫁がせたことで、両国の結びつきは始まります。

ジョアン1世とフィリッパの婚礼/wikipediaより引用

ジョアン1世とフィリッパは仲睦まじい夫婦で、二人の間には数多くの子女が生まれました。
その中に、あのエンリケ航海王子も含まれています。「海の端っこに行ったら焼かれて死んでしまう」と恐れおののく船乗りたちを、「ンなもん迷信だからとっとと行って来い!!」と尻を叩いた人です。

彼によってポルトガルはいち早く大航海時代に乗り出した……というのは、世界史の教科書でもおなじみですよね。
つまり、英葡永久同盟がなく、フィリッパがポルトガルに嫁いでいなければ、大航海時代の開始が全く違う形になっていた可能性があるというわけです。

 

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キャサリンの持ち込んだ紅茶がイギリス全土に広がる

「同盟」自体が軍事的な意味合いの強いものですので、英葡永久同盟も軍事面に関わる事が多いのですが、この両国の場合はもうひとつ大きなポイントがありました。

1662年にポルトガルからイングランドに嫁いだキャサリン・オブ・ブラガンザが、イングランドに紅茶を持ち込んだのです。
お茶の木そのものが中国南部原産ですので、当時のヨーロッパにおいて、紅茶は大変な貴重品。しかし、ポルトガルは既にアジアとの交易を確立しており、大量の茶葉を手に入れることができたので、キャサリンも嫁入り道具の一つとして、どっさり持ってきたのです。

また、キャサリンは来訪者にも気前良く紅茶を振る舞いました。
そのためイングランドの宮廷でも「なんだこれうまい!! うちの国でももっと輸入できるようにしよう!!」(※イメージです)ということになり、王侯貴族の間で紅茶を飲む習慣が広まっていったのです。

ポルトガルは諸々の理由で交易の表舞台から没落しましたが、イングランドは入れ替わるような時期に七つの海へ乗り出していきました。
その目的が植民地であり、交易による利益であり、そして紅茶だったことは言わずもがな。

そのおかげで、18世紀のはじめ頃にはイングランドの一般家庭にも紅茶が広まりました。

また、同じく18世紀の後半には植民地アメリカがイングランドへの反抗の一環として紅茶を捨てたり飲まなくなったことにより、国内での需要が増したといいます。
一般人が飲んでいた紅茶には、粗悪品も多かったようですが……。出がらしならばいいほうで、いろいろな意味でいけない添加物が入ったものも多かったそうです。怖すぎ。

 

同盟を破棄すると戦争開始になりかねんので

いまやイギリスと言えば紅茶、紅茶といえばイギリスというイメージが強いですけれども、元はポルトガルだったんですね。
しかし、紅茶がポルトガルにもたらされるきっかけは大航海時代であり、その大航海時代が始まるきっかけは、イングランドから嫁いできたフィリッパの息子である……というのも、なかなか面白いものです。

近代においてはポルトガルがメシュエン条約(※1)でかなり割を食ったこともありましたが、その後も今日に至るまで同盟が続いているというのはスゴイですよね。
まあ、同盟破棄=戦争開始とほぼ同義ですから、真っ向からケンカを売る力がなかっただけ……といえばそれまでなのですけれども。

イングランドはこの条約による諸々の利益によって工業化・近代化を進めた。つまり同盟国を踏み台にして世界の工場になった。
平たく言うと「外道ここに極まれり」な一例。

今となってはそもそもイギリスやポルトガルが戦争に参加することもほぼないでしょうし、同盟を破棄する理由も同様ですから、めでたしめでたし……ですかね。

※1 イングランドの毛織物とポルトガルのワインをお互いに優先して輸入するという条約。一見公平だが、ポルトガルの毛織物業界が大打撃をくらって経済が低迷する一因にもなった。

長月 七紀・記




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参考:英葡永久同盟/wikipedia キャサリン・オブ・ブラガンザ/wikipedia 紅茶/wikipedia

 




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