「巨鯨の背中に乗る宮本武蔵」歌川国芳/wikipediaより引用

江戸時代 その日、歴史が動いた

江戸時代の動物見世物事情~徳川吉宗も驚いた象さん、鯨、アルビノ個体…

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日本のニュースは、他国の方から見るとちょっと不思議に見えることがあるようです。
いわく「何で動物のニュースが出てくるんだい?」だそうで。多摩川のたまちゃんとか、どこそこの動物園や水族館でナントカの赤ちゃんが生まれたとか、あの手の話です。

しかしこれは現代に限ったことではなく……。

享保十九年(1734年)2月20日は、江戸の両国で鯨の見世物が行われた日であります。

日本では昔から鯨やイルカが流れ着くことは珍しくアリませんでした。
各地に逸話が残っています。

 

下総(千葉)に流れ着いた2頭のクジラを江戸まで

今回もそのうちの一つ。
下総国行徳(現・千葉県市川市行徳)に流れ着いた2頭の鯨を両国まで運んで見世物にしました。。

体長は五間(9.1.m)から七間(=約12.7m)
だったそうなので、種類としてはザトウクジラかミンククジラあたりだと思われます。

この二種類は今でも日本近海を含めた世界中に分布していますので、流れ着いていてもおかしくはありません。
それでも東京湾の内側となるとそうそうお目にかかる機会はないですから、この見世物は大好評を博しました。

他にも江戸時代には「何かよくわからんけど、デカイ魚が見つかったので将軍に献上しました」とか「珍しい鳥が見つかったので、見世物にして一山稼ぎました」なんて話が思いのほか多かったりします。

前者はマンボウ、後者はペリカンのことです。確かに珍しいですよね。

伊藤若冲『動植綵絵』の内「群鶏図」/wikipediaより引用

 

珍しい亀が見つかる度に献上 めでたいから改元!

鯨も度々流れ着いていて、中には
「飢饉の最中で村ごと餓死しそうだったところに来てくれたので、皆死なずに済んだ。その後、鯨に感謝してほこらを建てて祀った」
なんて話もいくつかあります。

お釈迦様の「捨身飼虎」の逆版ともいえそうですね。
こういうの見ると「神様ってホントにいるのかなあ」なんて思ってしまいます。

珍しい生き物が見つかるとエライ人のところへ、というのもはるか昔からよくあったことで、古代には珍しい亀の記録が多く残っています。

やはり見つかるたびに朝廷へ献上されており、さらに「めでたいから改元しよう!」となりました。
古代にやたらと”亀”のつく元号が多いのはこのためです。

アルビノ(生まれつきメラニンがなく体色の白い個体)の亀もいたそうで。
因幡の白兎やら白蛇やら白鴉やらと同じく神聖視されたものと思われます。

残念ながら、その後大事に飼われていたのか、既に死んだ状態で連れて来られたのかははっきりしません。できれば前者であってほしいものですが。

「千絵の海 五島鯨突」葛飾北斎画/wikipediaより引用

 

ゾウ来日! 長崎から延々歩いて江戸まで

意外に多いのが、日本に象がやって来たという話です。

同じく徳川吉宗の治世だった享保十三年(1728年)にやってきた象については、詳しい記録が残っています。

当初は雌雄一体ずつだったそうですが、雌のほうは道中長旅の疲れで亡くなってしまい、雄だけが江戸まで長い旅をしてきました。
あまりの大きさからか、単に用意が間に合わなかったのか、長崎から延々歩いて(!)来たそうですよ。

今だったら多分そっち系の団体に訴えられるでしょうね。怖い怖い。

しかし鞭打って歩かせたわけではなく、途中で体調を崩したときは皆で好物を用意したり看病したりと、それなりに大切に扱われていたようです。

道中泊まるための小屋の造りなどもかなり細かく決められていたとか。
他にも「音に敏感な動物だから、象が通るときは町全体で静かにしてね!」(意訳)なんてお触れが出されたりしています。

まるで国賓ですわ。
こんなとこまで連れて来ること自体がGYAKUTAIだろ、とか言い出すとキリないですが。

そもそも生物的には人間よりずっと強いわけですから、粗略な扱いをされていたら大暴れして何人も人を殺傷していたでしょう。

欧米では人を傷つけたことが原因で殺されてしまった象もたくさんいますから。
そんなイメージがない日本はまだ優しいほうだったのかもしれません。

 

江戸城内へ象がやってきた ゾウ!ゾウ!ゾウ!

無事に、象が江戸へ到着。
吉宗は江戸城内に連れて来られた象を興味深く鑑賞した言います。

ちなみに京都では中御門天皇に謁見を許されており、その際“広南従四位白象”という位をもらったそうです。
そんなの知らんゾウ、ってなもんでしょうが、まあ人格(象格?)を認められていたと思えば悪い話ではないですかね。

吉宗にお目通りした後はしばらく浜離宮で飼われていました。

が、費用がかさむことと飼育係を殺してしまったことで、中野の一般人に払い下げられます。
事故防止のためでしょうか。鎖に繋がれ20年ほど生きていたらしいので、こちらでもやはりそこそこの扱いを受けていたようです。

 

意外に?少ないヨーロッパでの動物見世物記録

こうした話は日本に限ったことではなく、お隣の中国でもありました。
明王朝の時代に鄭和という人がアフリカ・ケニアまで航海をしたことがあり、そのときのお土産にも珍しい動物がいくつかあったのです。

時の皇帝・永楽帝も大いに気に入ったのはキリンでした。

現地の言葉では「ゲリ」というらしいのですが、これが中国で「良い皇帝の時代に現れる」とされた伝説の生き物・麒麟と音が同じだったからだそうです。あの模様にムネキュンしたとかそういうわけではありません。

ただし、運んでくるのは一苦労だったらしく、船室に入れた後甲板に穴を開けて、そこに首を通させていたとか。
キリンにしたらいい迷惑ですね。他の動物もだったでしょうけども。

ヨーロッパではどうだったかというと、気候の寒冷さゆえか、あまり動物の見世物の記録はないようです。

現代の動物園や水族館は学術研究や保護施設でもあるのでまた違った存在意義がありますが、興味本位「だけ」で見世物をするのは今後なくなっていくといいですね。

長月 七紀・記

TOP画像:捕鯨文化/Wikipedia

【参考】
今日は何の日?徒然日記
捕鯨文化/Wikipedia
KeiO Associated Repository of Academic resources
『馬込と大田区の歴史を保存する会』ホームページ

 



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