剣術道場の娘さんは免許皆伝の腕前だった
明治二十九年(1896年)10月15日、千葉佐那(さな)という女性が58歳で亡くなりました。
「さな子」や「佐奈」という字も伝わっていて、どれが正しいのか不明なため、とりあえず”佐那”の表記で統一しますね。
現在の皇居付近にあった剣術道場の娘さんで、自らも10代のうちに免許皆伝を受けるほどの腕前だったそうです。
また、美貌と腕を買われて仙台伊達家のお姫様へ稽古をしに行っており、8歳も上の九代藩主・伊達宗徳(むねえ・もちろん男性)に勝ったとか。
普通お殿様相手だったら手加減して華を持たせるもんだと思うんですが、このお嬢さん容赦ねえ。
その話が広まったのかもともと言われていたのかわかりませんが、当時は「鬼小町」とまで呼ばれていたとか。
「鬼」と「小町」の組み合わせって、褒め言葉なのかどうか……。
幕末きっての英雄 その恋人だったと
この方の何がスゴイか?って、文武両道どころかお灸の術まで身につけていたことです。
ある人物が「今年26歳の才媛で、長刀はもちろん馬も剣もよくこなすスゴイ人なんだ。並の男じゃ適わないくらい力も強い。顔は美人って程じゃないけど、幼馴染のあの子よりちょっと上かな」(超訳)と評しています。
「どんだけオールマイティなんだよ!」とツッコミたくなってきますが、こう言ってたのは日本史屈指の人気を誇るあの人。
しかも別の人物への手紙の中での話ですから、本人に対するお世辞というわけでもありません。
つまり、多少のひいき目はあったかもしれませんが、ほぼこの通りの女性であったということになります。
いつの時代も完璧な人っているもんなんですねえ。
この絶賛を残したのは、皆さんご存知の坂本龍馬。
そう、佐那は竜馬の恋人だったといわれている女性なのです。
龍馬は「あまり好きじゃなかった」と言ってたわよ
しかし、これまたお馴染みの”龍馬の妻”といえばお龍こと楢崎龍ですよね。
いったいいつ頃付き合っていて、いつ別れてしまったのでしょう?
一番気になるポイントですが、実ははっきりしたことがわかっていません。
というのも、上記のようなベタ褒めをしていながら、龍馬は佐那に対してはっきりした態度を取っていないからです。
二人の間でやり取りした手紙もありませんし、お龍は「龍馬は『佐那には随分世話になったけど、あまり好きにはなれなかった』と言っておりました」(意訳)と言っていたようなので、そもそも二人が恋仲だったかどうかすらあいまいです。
龍馬の妻おりょう(楢崎龍)夫を殺された後は生活苦の生涯だった?
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その一方で、龍馬の剣術の師でもあった佐那の父親が坂本家の家紋が入った着物を仕立てており、佐那もこれを形見としていたらしいことが記録されているのでますますワケワカメだってばよ。
手紙が現存していないだけかもしれませんし、お龍が佐那に嫉妬していたとも考えられ、実際はどうだったんでしょう。
きちんとした付き合いがあれば龍馬の姉・乙女さんとのやりとりをしていてもおかしくなさそうですが、坂本家との付き合いもなかったようですし。
それに、”形見”って普通故人が使っていたものや故人から贈られたものにすると思うんですけども、いくら家紋を入れたからといって龍馬が指一本触れていない(であろう)着物を形見と言えるんですかね? 頭でっかち過ぎるでしょうか。
となると、どちらかといえば佐那の片思いであって、親父さんが悪ノリで嫁入り準備をしちゃってただけ、という可能性も結構高いんじゃないかなと思います。あくまで私見ですが。
甲府市の墓石には「坂本龍馬室」と書かれている
龍馬との関係はともかく、彼女は明治時代に入って学習院の舎監(生徒指導の先生みたいな仕事)をしているので、その後も手に職をつけてたくましく生きていったようです。
舎監を引退した後は灸師で生計を立てており、もしかするとどこかのタイミングで病気か怪我でもして体を悪くしていたのかもしれません。ただ単に寄る年波に勝てなかったというのもありえますね。
亡くなったとき彼女は独身のままだったため、無縁仏になってしまいかねなかったところを知人の機転により免れました。
今では山梨県甲府市の清運寺というところにお墓があります。
この墓石には「坂本龍馬室」と書かれているので、龍馬や坂本家はともかく佐那もしくは周囲の人間は”龍馬の妻”と思っていたことになるでしょうか。
その割には近年になって、一時期別の人物と結婚していたらしき新聞記事も見つかっています。
お相手は元鳥取藩士の人で、数年で別れてしまったともいいます。
忘れようとしても龍馬を忘れられなかったのか、相手が余程アレな人だったのか……これまたどちらも・あるいは両方ありえますね。
映画・タイタニックのローザいわく「女の心は秘密を秘めた深い海なのよ」。
佐那の生涯もまたそんな感じがします。
もし次に幕末ものの大河をやるなら、彼女を主人公に据えて描いてみたら結構面白いかもしれません。
長月 七紀・記
【参考】
千葉さな子/wikipedia