皆さんは、夢をよく見るほうですか?
「将来の」ではなくて、眠っている間に見るアレです。
子供のときはよく見ていた人もいれば、その逆の人、あるいは「ほとんど見ない」という人もいるでしょう。
現実ではありえないようなことが起こったり、全くイミフだったりと、その人の個性が出るようでそうでもないようで、興味深いものです。
今回は夢をはじめとした、人間の心の中を研究した有名人の一人に関するお話。
1939年(昭和十四年)9月23日は、精神学者のジギスムント・シュローモ・フロイトが亡くなった日です。
「学者」という職業の中ではかなりの有名人ですので、この手の話題に関心がない人でも、何となく名前を聞いたことがあるのではないでしょうか。
彼もまた、精神のはたらきとしての「夢」へ大きく惹かれた一人です。
いったい、どのようにして研究していったのでしょう?
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古典や哲学に惹かれ、シェイクスピアを愛読
フロイトは、毛織物商人の父と学者家系の母の間に生まれました。
出生地は現在のチェコですが、当時はオーストリア帝国の領内だった場所です。
これは、長じた後に彼の価値観や立場に大きく影響しました。
また、ミドルネームの「シュローモ」は旧約聖書のソロモン王のことです。
「平和」という意味であり、シバの女王との逸話などから、知恵ある人の象徴ともされます。
後々、心の平穏を研究するフロイトにふさわしいというか、名は体を表すというか、不思議なものですね。
最初は生理学を研究していましたが、大学卒業後は古典や哲学に惹かれ、シェイクスピアを愛読したといいます。
正体不明の作家を好んだあたりもなんとなくそれっぽい感じがします。
29歳のときパリへの留学奨学金が与えられ、フランスの学者たちから精神医学などに関する新しい概念を教わりました。
オーストリア帝国の首都といえばウィーンですが、古さや伝統を重んじる故に、なかなか新しいものを認めたがらないという気風があります。
事実、帰国した後に「男性のヒステリー」という論文を発表した際、オーストリアの学者からは大反発を受けました。
現在も「ヒステリー」というと女性のものというイメージがありますが、当時はそれが常識というか、女性特有の病気と考えられていました。
語源がそもそもギリシア語の「子宮」ですからね。
現代の精神医学では、男女関係ないというか「ヒステリーという言葉そのものが不適切である」とされているので使われていませんけれども。
次第に催眠療法に関心をもつように
そんなわけで「常識」の名のもとにフルボッコに遭ったフロイトは、
「既存の概念や権威よりも、事実を大切にしなければならないのではないか」
と真っ向から反論。
まだ若手のフロイトには味方になってくれる人も少なく、鬱々とした気分が続きます。
ただ幸い、フロイトの場合は相談に乗ってくれる親友がいました。
耳鼻科医のヴィルヘルム・フリースという人で、フロイトは彼と17年間も文通を続けています。
その手紙の中で、フロイトは自らの精神を冷静に分析する手法を見出していったとか。
「紙に書く」「人に話す」という行為は、現在でも精神療法として広く用いられていますよね。
この間、父との死別という悲しい出来事も経験しましたが、そのときもフリースとの文通が大きく役に立ちました。
……とはいえ、フロイトの父は82歳という大往生でしたので、天寿を全うしたとみてもいいはずですが……。
メンタルが弱っていたところで肉親を亡くす、ということが、人間の心に大きなダメージを与える例ということでしょうか。
同じ頃、フロイトは精神に関する研究を進めるうちに、催眠療法に関心をもつようになりました。
そして当時催眠暗示療法をよく用いていた、フランスのナンシーという町に数週間滞在します。
そこでは年老いた医師が貧富の別なく治療を行っており、ウィーンとは全く違った風景が見られました。
感動したフロイトは、催眠暗示療法のメリット・デメリットや、患者に接する時にどうすべきか、といったさまざまなことを学んで、再びオーストリアに戻ります。
「ヒステリーの原因は、幼少期に受けた性的虐待だ」
さっそく実践を始めたフロイトは、ほどなくして「催眠暗示療法は、すべての患者に効果が見込めるわけではない」ということがわかりました。
催眠にかかりにくい人、全くかからない人もいれば、催眠がかかっても、治療に必要な時点まで記憶を遡ることができない人もおり、同じやり方で全員を治せるわけではなかったのです。
さらに研究を進めた結果、フロイトは一つの結論、そして彼にとってポリシーともいえる点を導き出しました。
「ヒステリーの原因は、幼少期に受けた性的虐待だ」
小さい頃に作られてしまったトラウマが、無意識のうちに現在の精神状態に悪影響を及ぼしている、と考えたのです。
現代でも、似た感じのことがよくいわれますね。
そのためフロイトは
「症状の原因となっている過去の体験を語ってもらうことによって、症状が改善される」
と結論づけました。
「無意識」という概念から、フロイトはさらに「夢」への関心を持つようになります。
夢は神託や予言じゃない その人の願望が表れるのだ
古来、夢は神託や予言と受け取られてきました。
夢占いの原型と呼べる認識の地域もあれば、「神託なんだからそのまま受け取ればいい」という地域もありましたが、フロイトはどちらにも納得せず、独自の理論をまとめ上げ、ある一つの着地点に到達します。
「夢にはその人の願望が表れる」
例えば「現実では諸々の理由でできないこと」や、「やってしまうと警察のお世話になってしまうけれども、どうしてもやりたいこと」などが、「夢の中なら大丈夫だ、問題ない」という安心感によって表れる、と考えたのです。
こういった理論がまとめられているのが、1900年に発表された『夢判断』です。
パッと見た感じでは夢占いの本のようにも思えますが、実は学術書なんですね。
しかし、フロイトは「幼少期の性的虐待」に注視し過ぎたために、現代では当てはまらないだろうと思われる点も多々あります。
彼が生きていた時代が「性的なものはイヤラシイ! 全部禁止!!」という社会通念があったため、フロイトは「皆そういうものを押しこめて生きているから、夢の中では全部出てくるのだろう」と考えたのでしょう。
なんせ当時は「椅子やテーブルの足は何となくエ◇いからカバーをつけろ!」という時代ですからね……。
家具からそんなことを連想できるほうがアレだと思うのですが(´・ω・`)
夢には人類が共通して持っていた文化的な原体験がある?
他に、夢についての研究を進めた精神学者としては、カール・ユングとエーリヒ・フロムがいます。
この二人はあまり性的なことと夢を結び付けず、「夢には、かつて人類が共通して持っていた文化的な何かが現れている」と考えていました。
似たようなものに、神話や民話の研究があります。
代表例は、日本神話のイザナミノミコトと、ギリシア神話のペルセポネーでしょうか。
有名な話なので、ご存じの方も多いかと思います。
この2つの話には、以下のような共通点があります。
「いずれも女性のほうが死者の国に行ってしまう」
「男性がそれを連れ戻しに行く」
「女性が死者の国のものを食べてしまっており、そのままでは現世に戻ることはできない」
「死者の国のボスが女性の帰還を特別に許してくれる」
「でも男性は『地上に戻るまで女性のほうを振り返ってはいけない』と言われていたのに、振り返ってしまっておじゃんに」
現代だったら丸パクリと言われても無理のない話です。
もちろん、当時の日本とギリシアに直接の交流はありませんから、それもありえないでしょうけども。
ユングやフロムは、これと似たようなイメージで、「人類の無意識には共通する何かがあったのではないか」と考えました。
フロイトは「○○の夢を見たから××という意味がある」「それは性的な意味を示す」という定義付けを重視し、ユングとフロムは文化的に夢を分析しようとした、とみることができます。
今日でも「夢とは何なのか」ということに対しては結論が出ていませんから、どちらが正しいともいいきれませんけどね。
何だかワケワカメな雰囲気になってきましたので、最後に夢に関するちょっとロマンチックな話題を。
小野小町は夢=両想いを信じていた!?
日本の平安時代ごろの話です。
和歌にも夢のことを詠んだものがたくさんありますし、日記文学などでも夢の話題はメジャーですよね。
特に、現在進行系で恋をしている相手や、昔の恋人の夢などがよく出てきます。
平安時代では、そういった夢は「相手が自分を想っているから見るのだ」とされていました。つまり、「両思いの可能性アリ」というわけです。
別れた後なら、「相手はまだ自分のことが好き」というところでしょうか。
一方、小野小町の歌にこんなのもあります。
思ひつつ 寝ぬればや人の 見えつらむ 夢と知りせば さめざらましを
【意訳】あの人のことを考えながら眠ったから、夢でもあの人を見た。夢と知っていたら目覚めなかったのに
うたたねに 恋しき人を 見てしより 夢てふものは たのみそめてき
【意訳】うたた寝の短い夢に好きな人を見てからというもの、『夢でいいから会いたい』といつも思うようになってしまった
ストレートに受け取るのであれば、小野小町は「夢に出てきてくれるのは両思いの可能性アリ」という説を信じていなかったことになりますね。
一口に平安時代と言っても長いですし、小町の時代にはなかった考えなのかもしれませんが。そもそも小町自身が謎だらけですし。
夢については「好きな人が出てきたら、ちょっと積極的になってみてもいいかも?」くらいに考えておくのがいいかもしれませんね。
長月 七紀:記
【参考】
ジークムント・フロイト/wikipedia
夢判断/wikipedia
やまとうた