悲喜こもごもがハンパじゃない科挙の合格者発表/Wikipediaより引用

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アナタも「科挙」を体感してみません? 中国エリート官僚の受験地獄が凄まじい

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やっと念願の科挙に合格したぞ!

この「挙試」まで合格すると、晴れてウルトラエリート「挙人」になります。

この時点で一応「あがり」。

しかし試験そのものはさらにあります。

・挙人会試
・会試
・会試履試
・殿試

ここまであるのです。

ただし、時代によって異なっており、皇帝の前で受ける「殿試」はまさにミラクルエリートの試験です。

トップ3はそれぞれ一位からこう呼ばれました。

1. 状元
2. 榜眼
3. 探花

明代の状元の回答用紙/photo by 三猎 Wikipediaより引用

彼らは現代ならば北京大学主席卒業くらいのスーパースターでしょうか。

もし独身であれば「うちの娘をもらってくれ!」と、有力者たちが押しかけてきます。

関東料理には「状元及第粥」という、レバー入りのお粥があります。

その昔、これを食べていた受験生が状元になったことが由来の一説です(状元及第粥・百度の検索結果へ)。

現代でも中国では大学入試の主席合格者を「状元」と呼ぶことがあり、伝統として根付いているのと感じます。

 

挙人になったは、よいけれど

スーパーエリートになることを人生の目標として生きてきた、中国の受験生たち。

しかし、合格すれば人生バラ色とはならないところも難しい。

合格した時は既に70を超えていた、なんて場合は、青春と人生を試験勉強に費やして終わってしまっているわけです。

合格時点で燃え尽きて、官僚になって出世するどころではありません。

では、若くして合格すればよいか、というとそうでもなく……。

試験に強いけれども実務能力がない人も含まれているわけで、役人として大成できるかどうかは、また別の話なのです。

武官には「武科挙」という試験がありました。

ただし格がかなり落ちる試験で、武科挙合格者よりも、科挙合格者の方が上級の指揮官になることもあります。

人生の大半を試験勉強で費やした者が軍隊を率いて大丈夫なの、と不安になってしまいますね。

中には意外な才能を発揮して名将になる人もいましたが、まったく駄目な人も当然いるわけです。

明代の周延儒は、十代で状元になるという、とんでもない神童ぶりを発揮しました。

明代の科挙の様子/Wikipediaより引用

しかも、ルックスもイケメン。

それでも彼の人生のピークはそこまでだったかもしれません。

その後軍の指揮を任され、まったく使い物にならなかった挙げ句、功績を偽装して最後は死を賜ってしまいます。

死語、彼の列伝は『明史』の列伝で「奸臣」に分類されました。

なんとも悲しき生涯です。

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