沈みゆくタイタニック号/wikipediaより引用

イギリス

タイタニック号が処女航海で沈没 生き残った史実の人々はそのときどうした?

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転覆を恐れず救援に向かった女傑

一方、ボートに乗った女性たちの中では「アテクシは助かって当然」と考える人と、「せめてもう少し人を乗せられないのか」という人に分かれたそうです。

意外なことに、この差は身分によるものではありませんでした。

前者はコズモ伯爵夫人、後者はロテス伯爵夫人とマーガレット・ブラウンという名前が伝わっています。

後者のマーガレットは後々”不沈の女モリー・ブラウン”と渾名され、生涯を映画化されているのでご存知の方もいらっしゃるでしょうか。

映画では、上流階級の作法に慣れないジャックをいろいろサポートしてくれていた人です。

ロテス伯爵夫人はマーガレットと同じボートに乗っていたはずなのですが、この映画ではハッキリとは登場していませんでした。

タイタニック救命艇で脱出

史実では彼女たち二人が音頭を取って、同乗した女性たち皆でオールを漕ぎ、ボートを数キロ戻したそうです。

ちなみにそのボートを指揮していた船員は大反対だったとか……。まぁ、自分の命惜しさの他にも、せっかく助かりそうな人を犠牲にしたくなかったのかもしれませんしね。

彼らもプロですから、このような状況で戻れば、誰も彼もがボートにしがみついて転覆することも予想していたでしょう。一見、非道に思えますが、より確実に生存者を増やすためであれば間違ってはいないかもしれません。

しかし、現実は想像以上の惨状が待っておりました。

彼女達がボートを戻させたとき、ほぼ同時と思われる頃に別のボートも救助に向かっていたのですが、彼らが助けることができたのはたった3人。

取り残されたほとんどの人は低体温症(いわゆる凍死)や心臓麻痺で亡くなっていたのです。

4月とはいえ、真夜中の大西洋です。

当時の海水はマイナス2度前後だったといわれていますからね(海水が凍り始める温度が-1.8℃)。

そして戻ってきたボートが諦めて帰った後、近くを通りかかった別の客船により奇跡的に2名が救出されました。

片方はドアだったと思しき木材に捕まっていたそうなので、もしかしたらこれがジャックが掴まっていたシーンの元ネタかもしれません。

避難ボートの多くは救助に向かっていた客船カルパチア号に収容され、最終的には711人が助かりました。

逆に考えると、出航時には2,224人が乗っていたので、死者は1,513人にのぼったワケです。

当然ながら当時最大の海難事故となりました。

沈んだ船は今も同じ場所に眠っており、客室調度品の一部は、当時と全く同じ位置に置かれているそうです。

2時28分を指して止まっている、所有者不明の懐中時計/photo by Digiblue wikipediaより引用

しかし、付近に生息するバクテリアにより、あと100年以内には完全に崩壊してしまう見込みなのだとか……。

それまでに事故の本当の原因がはっきりわかれば良いのですが、残念ながら調査よりも遺品の転売等のほうが盛んなようです。

 

生還した船員たちの「その後」

タイタニックの悲劇性や謎めいた事故原因、船と共に亡くなった人々の使命感や熱意については比較的よく知られています。

ゆえにここでは生還した船員達の「その後」を少しだけご紹介しておしまいにしましょう。

上記の通り、生き残った航海士は4人いました。

期間の差こそあれ、全員がその後も船での仕事を選んでいます。

・ライトラー2等航海士

タイタニック事故時には転覆した避難ボートを持ち直させ、イギリス海軍に入った後の第二次大戦では130名もの友軍を救出するという離れ業をやってのけた方です。

また、タイタニックの一等航海士だったマードック氏について不名誉な報道がされたとき、他の3人と連名でマードック未亡人へ真実を伝える手紙を書いています。

まさに正義感が人の形をしたような人物だったといえるでしょう。

・ロウ5等航海士

唯一救助に戻ったボートを指揮していた人です。

映画のラストシーンそのままの行動を取った、勇気ある人物でした。

第一次大戦のときはイギリス海軍に所属していたそうですが、第二次大戦までの間に船を降りています。

しかし世間に無関心だったわけではなく、自らの家を提供してボランティアをしていたそうです。

とても口の悪い人だったという話もありますが、性根は優しかったのでしょうね。

あやうく救命ボートの上に救命ボートが降ろされそうになったシーン(チャールズ・ディクソンによる絵)/wikipediaより引用

・ボックスホール4等航海士

彼もロウ氏と同じく、救助に戻ろうとしましたが乗客の反対にあい、断念せざるを得ませんでした。

その代わり、少しでも生存率を上げるべく照明弾を何度も打ち上げていたそうです。このおかげでカルパチア号は到着後すぐに救助を始めることができたとか。

生還後は客船で働き続けましたが、自分の船を指揮することはありませんでした。これは他の生還した航海士も同じです。

亡くなった際は「タイタニックの沈没場所に散骨してくれ」と望んでおり、その通りの場所へ葬られました。

・ピットマン3等航海士

ボックスホール氏同様、救助に向かおうとしたのを反対されて断念しています。

同乗したボートの人に帆布をかけてあげたりと、細やかな気配りのできる方だったようです。

しばらくは航海士を続けていましたが、年を重ねて視力が衰えてからは客室担当として働いていました。

職種は変わったものの70歳の退職まで船にいたので、4人の中では最も長く船員でありつづけたと思われます。

どの方も「海の男」としてのプロ意識を感じさせる後半生ですね。

おそらく事故で亡くなった人の中にも、こういう方がたくさんいたのでしょう。

いつ起きてもおかしくないのが事故ですが、やはり起こらないことを祈るばかりです。

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長月 七紀・記

【参考】
タイタニック客船/wikipedia
CNN
titanicjp.com
2223のドラマ

 



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