ダウントン・アビー6/NHK公式サイトより引用

イギリス

20世紀イギリス貴族と使用人の関係がわかる『ダウントン・アビー』関連本

日本でも好評の海外ドラマ『ダウントン・アビー』。

グランサム伯爵家が所有する館「ダウントン・アビー」を舞台にした、当時の時代背景はまさに激動でした。

めまぐるしく変わる20世紀初頭、貴族といえども十年一日のような暮らしはできません。

二度の世界大戦を経て社会は変革期を迎え、彼らは使用人を雇用できなくなり、屋敷をも手放さざるを得ませんでした。

貴族とそれに仕える使用人たちにとって斜陽の時代、本作の物語は沈みゆく夕日に照らされた輝きです。

この時代を生き抜いた使用人たちの幾人かは、昔を懐かしみ、回顧録を残しました。まさに『ダウントン・アビー』の世界を描いたものです。

『おだまり、ローズ』

『わたしはこうして執事になった』

日本語訳された数少ない作品、いずれも著者はロジーナ・ハリソンといいます。

今回はこの2冊を紹介しつつ、当時の世界を振り返ってみましょう。

『おだまり、ローズ: 子爵夫人付きメイドの回想』(→amazon

 

英国初の女性議員 キレ者のご主人様にも負けない

ロジーナ・ハリソン(愛称ローズ)は、1899年生まれ。

貧しい一般家庭に生まれた彼女ですが、生まれつき頭の回転が早いことを母親は見抜いていました。

使用人としてのキャリアをスタートさせたローズは、やがてナンシー・アスター子爵夫人つきのメイドとなります。

アメリカ南部出身のアスター夫人は毒舌できまぐれ、猫の目のようにくるくると機嫌をかえてローズを翻弄。

負けじとローズも、丁々発止のやりとりをして夫人をやりこめてしまいます。

このナンシー・アスターというのはイギリス初の女性議員として知られます。

かのウィンストン・チャーチルと舌戦を繰り広げ、一歩も引かなかったことでも有名です。

ほっそりとした体つきと優雅な美貌の持ち主としても知られ、イギリスの上流夫人を代表するアイコンのようなでした。

肖像画を見るとかなりの美人ですが、その外見からは想像もつかないほど辛辣な性格でもあったようです。

ローズが同僚であった男性使用人の回想録が『わたしはこうして執事になった』です。年代は性格は異なるものの、全員が貧しい家にうまれ、初等教育のみをうけて最終的にはイギリスを代表する男性使用人にまでのぼりつめています。

ローズも彼らもあまりいい家にはうまれていません。

彼らの年代でも既に使用人はちょっと時代遅れの職業という印象があったようです。

別の職業を目指して就いた者もいれば、やむをえず職を転々としているうちに使用人になったものもいます。最終的には使用人をやめ、ビジネスマンとして成功した人も。

彼らに共通する資質は、頭の回転が速いこと、要領のよさ、あきらめのよさです。

回想の中で彼らが頭の良さをひけらかすことはありませんし、上流階級の紳士のようにシェイクスピアをすらすらと引用するわけでもありません。

ただし、ちょっとしたずるを使って得したこと、いたずらを仕掛けてまんまと成功したこと、もうこの家は駄目だとなれば別の職場にさっと移ってしまったこと、そういう機転がいかに利いたかは鮮やかに描き出されます。

イギリスには『比類なきジーヴス』などの「ちょっと抜けた主人と機転の利く使用人」という類型があります。

本書を読んでいると、確かに一流の使用人というのはとてつもなく切れ者だということが実感できます。

ローズは、かのチャーチルと舌戦を繰り広げるアスター夫人と対等の弁舌の持ち主。本当に賢い女性なのです。

 

幽霊におびえ、酔っ払ってしまう使用人たち

本書の語り手は、頭が良いだけではありません。茶目っ気もあります。

使用人たちの何人かは、心の底から幽霊を信じています。なんせ彼らの職場は何百年も続く歴史ある建物です。

その歴史の中には血なまぐさいものも含まれており、

「何代目かの伯爵が妻の愛人を刺し殺した」

とか

「オーブン担当のキッチンメイドが事故で全身に火傷を負って死んでしまった」

等々、彼らはそうした伝説を信じて、怯えていたことを恥ずかしげもなく告白します。

イギリス人は幽霊が好きで、まるで古い知人のように語ると言いますが、まさにその通り。

「ホールを歩く貴婦人の亡霊を何度も見た」

そんなふうに、ちょっと親しみすらこめて目撃証言を語る人もいます。

また、語り手のように優秀な使用人だけではありません。

使用人が陥りやすい罠に、アルコール中毒がありました。酒類の管理は執事の仕事で、ワインをデカンタに移す作業は、彼らしかできない神聖なものでした。

その合間にちょっと一杯、もう一杯……と繰り返すことで、酒浸りになってしまう執事も多かったようです。

なんせ執事のアルコール中毒は「執事病」と呼ばれるほどですから。

そんな執事が何故仕事を続けられるか不思議に思いますが、主人も酒に耽溺するあまり、強く言い出せない場合もあったようです。

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