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【リチャード3世】
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彼は悪魔の子……人々は噂を信じた
歯が逆さに生えていて、逆子だった。
脊髄湾曲症で脚を引きずって歩いた。
こういう身体的な生涯は、当時、悪魔の仕業だとされました。
かくして噂を鵜呑みにした人々は、リチャード3世が悪魔の子だったと信じるようになるのです。
さらに彼の手は血で染まっているという話も語られました。
・ヘンリー六世を幽閉して殺害(真偽不明)
・ヘンリー六世の子・エドワード王子を戦場で殺す(真偽不明)
・クラレンス公ジョージを、マームジーのワインの大樽で溺死させる(謀叛を企てたため、エドワード四世が処刑を命じた)
・幼い甥兄弟をロンドン塔で窒息死させる(真偽不明、生存説あり)
・妻アン・ネヴィルを毒殺(真偽不明)
いずれも真偽不明のものばかりで、本当にリチャード三世の仕業か不明です。
さらに2023年、フィリッパ・ラングレーの著書『The Princes in the Tower: Solving History's Greatest Cold Case』により、二王子生存を示す史料が発見されたと発表されました。
一つだけハッキリしているのは、
「リチャード3世が殺したことにすれば、チューダーにとっては都合がよい」
ということばかり。
1513年にトマス・モアが出版した『リチャード3世伝』の時点で、こうした悪行の数々は知られるようになりました。
さらに、チューダー朝の名君エリザベス一世から愛されたシェイクスピアが、悪役としてのリチャード3世像に磨きをかけたわけです。
「塔の中の王子」は誰が殺したのか?
それでも反論する者はいるでしょう。
最も強い決定的反論といえば、これに尽きます。
「ハンサムだろうが何だろうが、結局のところ彼は甥殺しじゃあないですか」
リチャード3世といえば、幼い兄の遺児二人をロンドン塔に幽閉した挙げ句、暗殺したとされています。
すやすやと眠る少年の顔に、枕を押しつけて殺したのは極悪非道、まさに悪魔の所業! そう言われても仕方ないところです。
ただし、この「塔の中の王子殺し」も、リチャード3世が手を下したかどうかはわかりません。
王位継承のために彼らが邪魔な人物は他のもいました。
他ならぬヘンリー・チューダーにも、王子殺しの動機は十分にあります。
そしてリチャード3世にその罪を押しつけることでもっとも利益を得られるのは、ヘンリー・チューダーなのです。
1674年、ロンドン塔の補修中に、作業員たちが木箱を発見。中から人骨が出てきました。
「これは二人の王子の遺骨にちがいない!」
当時の王だったチャールズ2世の医者はそう興奮して発表しました。
ところが1933年に再鑑定した結果、王子とは特定出来ないという結果が出たのです。
ロンドン塔では多くの死者が出ています。
中で死んだのは、あの王子たちだけではありません。まったくの別人という可能性があるのです。
この遺骨をDNA鑑定すれば誰のものかはハッキリするかもしれません。
しかし、死因の特定、殺人の場合犯人が誰なのかという結論が出るとは限りません。
シェイクスピアは素晴らしい されど史実は別なり
謎に包まれた王子たちの真相がはっきりとするまでは、リチャード3世の評価も定まらないでしょう。
「甥殺し」かどうかという結論は出ていませんが、それでもリチャード3世の再評価は進んでいます。
近年の作品に登場する彼は、シェイクスピアの描いた姿からはほど遠い悩み多き青年として描かれることも増えてきました。
「シェイクスピアの描いたリチャード3世は、フィクションとしては素晴らしい。でも、史実は別」
そういうとらえ方が主流です。
彼の骨は再度丁重に埋葬されました。
埋葬式では人気俳優でリチャード3世を演じたベネディクト・カンバーバッチが、詩を読み上げました→(theguardian.com)。
カンバーバッチはリチャード3世の遠い子孫にもあたります。
★
脳天を何度も突かれ、戦場に斃れた非業の死から5世紀以上。
リチャード3世の遺骸は彼の悪名をそそぎ、歴史を愛する者たちの情熱をかきたてました。
レスターの駐車場下から見つかった彼の骨。
歴史評価は変動するから面白いと知らしめた、まさに世紀の発見でした。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考文献】
ブレンダ・ラルフ ルイス/高尾菜つこ 『ダークヒストリー 図説 イギリス王室史』(→amazon)