『座頭市物語』(→amazon)

中南米

キューバが日本を好きなのは すべて勝新太郎さんのおかげです

パケーテとは何か?
再び教授の言葉を引用させていただきましょう。

さて、ここでキューバ人にとって“パケーテ”とは何かを説明しなければなりません。

キューバ人は“現実味の無い”“信じ難い”出来事や話を“パケーテ”と呼び、あくまでそれは冗談として受け止めます。いわゆる“共感を呼ぶ誇張”として知られるコミュニケーションです。

あまりにも誇張が過ぎると、受け手はかえっておかしみを感じ受け入れてしまうのです。つまり、受け手も作り話に加担してしまうわけです。

この“パケーテ”という魅力的な嘘がたいていのキューバ人は大好きだと言えば、イチの評判がご理解いただけるでしょうか。

日常的な表現を含め、「何事においてもキューバ人は誇張したり、行き過ぎたりする傾向を楽しむ国民性がある」という指摘を軽んじてはなりません。

例を挙げると、キューバ人は「Estoy muy cansado(私はとても疲れた)」とは言わず、「Estoy muerto(私は死んだ)」と言うのです。

かくして座頭市シリーズが公開されるたびに観客は映画館に行列を作り、教授によると「当時のハバナの人口は150 万人強だったが、観客の数は 50 万人近かった」といいます。

これもまんざらパケーテではないのでしょう。

いずれにせよ麻薬でタイーホされ、「もうパンツははかないようにする」と言い放った勝新太郎さんが受け入れられるキューバ人の土壌がここで見えて参りました。

もう少し講義文の内容を続けたいと思います。

 

デブで、むさ苦しく、醜く、酒飲みで、博打うち

教授によると、勝新太郎さんの魅力は「演技力とカリスマ性」だそうです。

特に象徴的なシーンは『座頭市血煙り街道』だとか。
主人公のイチが飛んでいる蠅(ハエ)を真っ二つに切るシーンです。

通常の剣豪でしたらまんざらありえない話ではないですが、盲目の男がこれをやるのですから、そりゃもう外国人にとっては「マーベラス!」な世界でしょう。

教授は、45年が過ぎた今もキューバ人はそのシーンを忘れることができないと言います。そして、長きにわたってこの映画を親しみ愛していくうちに、なぜキューバ人がイチを愛しているか、教授はある結論に達しました。

かなり長くなりますが、私の言葉で要約するよりも、日本人の琴線にも触れる教授の言葉をご紹介させていただきたいと思います。

しかし、次の段階に来て、私たちは気づいたのです。

何十年もの間、キューバ人は白人で美男子で背が高く、長所で飾られたヒーローというモデルに服従させられていたことに。それはほとんどパーフェクトなヒーローでした。

ところが、イチはそうしたモデルのアンチテーゼだったのです。

デブで、むさ苦しく、醜く、酒飲みで、博打うちで、そのうえ目が見えません。唯一際立っているのが、その見事な刀剣の腕前です。いわば“取り柄がひとつしかないヒーロー”です。

ボロクソに表現されてますが、続けていきましょう。

愛ゆえの冷静な分析ですね。

また、イチは“ドン・キ・ホーテ的”というか、“騎士道的”精神を体現しています。

貧しい人々、弱い人々の味方になり、女性を守り、権力者をからかいます。こうした精神はどこの国のどの文化でも称賛されるものですが、当時の革命下のキューバではとりわけ威力を発揮しました。

しかも、キューバ人は“騎士”を賞賛するスペインの血を引いているので、その価値観は伝統的なものでもあります。

弱き立場に立ち、権力者に歯向かう。
これはいつの時代も称賛され、求められる要素ですよね。

では続けましょう。

キューバ人とイチを近づけた、もうひとつの我々の文化的特徴はユーモアです。

ユーモアの扱いが、『座頭市』の作品はとても巧みで、元をたどっていくと、それは勝新太郎によって造形された人物像の把握自体にあります。人をからかうのが大好きなキューバ人はイチに魅了されました。

いえ、勝新太郎にと言うべきかもしれません。もし両者を分けることができるのならば……。役者と役柄がこれほど一体化している例はめったにありません。

なぜなら、私たち大半の人間は、美しくもなければ、背も高くなく、ありとあらゆる長所で飾られているわけではありません。でも、もしかしたら、ひとつぐらいなら良いところがあるかもしれません。イチのように。

同じように、取り立てて長所はないけれど、仕事においては有能だったりエキスパートだったりする、キューバのごく普通の人や一介の労働者は、この自分に似たヒーローをいとも容易く受け入れることができました。

なんというストレートで素直な言葉でしょうか。

外見はイケてない。長所もふんだんにあるわけじゃない。
されど一つのことには飛び抜けている――。

非常に大事なことですよね。特に「欠点を矯正する方向に目が向き、飛び抜けた能力は抑えようとする」そんなシステムが働きがちな日本社会においては、非常に重要な要素かもしれません。

そして、しつこいようですが勝新太郎さんは、「パンツははかない」ユーモアも持ちあわせており、キューバ人たちに大いに受け入れられたようです。

最後に、そのわかりやすいエピソードをご紹介いたしましょう。

タラップを降りるときに仕込み杖を持ち、盲目のフリを

それは1975年6月に勝新太郎さんがキューバを訪れた時のことです。

勝さんは飛行機から姿を見せる時、映画の主人公・イチが持つ仕込み杖(刀が隠された杖)を持ちながら、盲人のフリをしてタラップを降りたというのです。

わかりやすいパフォーマンスと言えばそれまでですが、いざ外国に出向いて行って、そんな芝居が出来る日本人の俳優が今どれだけいるでしょう?

これに対し、同国では拍手喝采を送り、「彼は冗談好きのキューバ人だった」と評されたようです。
キューバでは最上級の賛辞で「親近感と共感」を表すとか。

ちなみにキューバでは現在も、数多の日本文化が根付いているようです。
盆栽、空手、剣道、合気道に折り紙などなど。そしてテレビでは日本のアニメが放映されているとか。

そこに座頭市の影響がないわけはなく、1997年に日本のテレビ局がキューバを訪れ、「最も有名な日本人は誰か?」という調査をしたところ、多くのキューバ人が「目をつぶったまま剣を振り回した」とのことです。

まるでノリのよい関西人ですが、教授をしてそれはこう評されました。

「キューバでは勝新太郎は死んでいないのです。ある年代のキューバ人は皆、彼のおかげでちょっとだけ座頭市なのです」

不覚ながら、ジーンとしちゃいました。

チェ・ゲバラがどんだけスゲェか知ってっか?単なるイケメンじゃねぇゾ

続きを見る

文・五十嵐利休

【参照】
座頭市:キューバ人にとってのヒーロー』2012年11月8日明治大学講義
映画『座頭市』

 



-中南米

Copyright© BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン) , 2020 All Rights Reserved.