スケートの歴史

スコットランドを代表する絵画『スケートをする牧師』は18世紀の作品です/wikipediaより引用

スポーツ

3000年もの伝統あるスケートの歴史!最初は「動物の骨」で滑っていた

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「屋内アイスリンク」「スケート靴」が誕生

産業革命あとの19世紀は、スポーツにとっても大きな変革の時代でした。

それまで娯楽であった運動が、競技として洗練されていったのです。

スケートの場合は、技術革新も起こりました。

1844年には、イギリス・ロンドンにおいて世界最初の屋内アイスリンク「グラシアリウム」が登場。

コンクリートの上に、化学薬品を流したパイプをはりめぐらせたもので、クラブメンバーのみが利用可能でした。

当時最高級の、社交界のたまり場です。

屋内スケートリンクの登場/wikipediaより引用

13世紀には登場していていながら実用化が出来ていなかった金属製ブレード。

19世紀になって、ようやく高品質のものが生産できるようになります。

鉄製のブレード/photo by Ellywa wikipediaより引用

早い説では1850年、遅くとも1890年には、靴とブレードが一体化したスケート靴が誕生しました。

それまでは靴にくくりつけるもので、滑りやすさが格段に向上したのです。

まさに技術革新でした。

 

日本は「下駄スケート」から

日本にスケートが入ってきたのは明治維新後のことです。

新渡戸稲造は、留学先からわざわざスケート用具を持ち帰るほどお気に入りだった様子。

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ただ、革製のスケート靴は高嶺の花でした。

なんとかして気軽にスケートを楽しみたい――。

そんな思いから、1906年(明治39年)、長野県下諏訪町の職人・河西準乃助が、下駄に金属製ブレードを取り付けた下駄スケートを発明します。

下駄スケートは、気軽に楽しめる娯楽として、子供を中心にあっという間に広まります。

実に、昭和30年代まで用いられるほど広く普及したのです(下駄スケートの画像検索結果)。

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