高貴な血に生まれたばかりに権力の座に執着し、狂気に取り憑かれて生きながらえる。
まるで絵に描いたように呪われた生涯を過ごしたのが、1927年1月19日が命日であるメキシコ皇后の「シャルロッテ・フォン・ベルギエン」。
スペイン語読みでカルロータという彼女は、日本ではほとんど知られない存在です。
元々は、ベルギー王のお姫様に生まれ、ハプスブルク家の御曹司と結婚という、ため息が出るばかりのプリンセスでした。
しかし、彼女は自ら泥沼の道へと進みます。
王の椅子に執着するあまりナポレオン3世の誘いに乗ってメキシコへ。
理想は音を立てて崩れ始め、その後は正気を失ったまま60年間もの余生を過ごすのでした。
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野心に燃える、小国ベルギーの王女
1840年、シャルロッテ・フォン・ベルギエンは、ベルギー国王レオポルド1世の王女として誕生しました。
メキシコ皇后としてはスペイン語読みのカルロータとなりますが、本稿ではシャルロッテで統一します。
ベルギーという国は歴史が浅く、父のレオポルドは、彼女の誕生する9年前に即位しました。
歴史の浅い小国であったせいなのか。
ベルギー王室の人は大きな夢を抱いたようです。
「小さな国なんてないんだ、小さな心があるだけさ!」
シャルロットの兄であり、ベルギー国王レオポルド2世はそう考えていました。
しかし、この狂った王こそが、強引に「コンゴ自由国」の植民地化を進め、地獄絵図を生みだしてしまうのですからシャレになりません。
※以下はレオポルド2世の関連記事となります
コンゴ自由国では手足切断当たり前 レオポルド2世に虐待された住民達
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こうした兄同様、シャルロットも大きな夢を抱いていました。
「絶対に私は、絢爛たる王冠を被る存在になる! そしてよりよい社会を実現するわ!」
野心に燃えたこの王女が望むことは、ただひとつ。
名門男性との結婚です。
父はベルギー王、母方の祖父はフランス国王ルイ・フィリップ。
いとこは英国ヴィクトリア女王。
血統的に申し分ない彼女です。
そして、その夢をかなえるための努力も惜しまず、聡明だった彼女は四カ国語を操るまでになりました。
野心に燃える彼女のもとに、縁談を持ち込んだのは他ならぬヴィクトリア女王でした。
お相手はポルトガル王室。普通に考えれば、十分に格式を備えているでしょう。しかし……。
「そんなちっぽけな国になんて、絶対に嫁がないわよ」
シャルロッテは申し出を一蹴するのでした。
文句なし! 旦那はハプスブルク家の御曹司
シャルロッテが16歳になった1856年。
彼女の要求にあう男性が花嫁捜しをしておりました。
オーストリア皇帝フランツ=ヨーゼフの弟、24才になるマクシミリアン大公です。
華やかなイケメンで、魅力的な男性として注目を浴びる存在。この美男美女カップルは、たちまち恋に落ちました。
シャルロッテが気に入ったのは、その血統でしょう。
なんといっても彼は、五百年の歴史を誇るハプスブルク家の御曹司です。
しかも兄のフランツ=ヨーゼフは意志薄弱で世継ぎができない可能性がありました。
もしもこのまま世継ぎに恵まれなければ、マクシミリアンはオーストリア皇帝、そしてシャルロッテは皇后になれるのです。
1857年に結婚式をあげた後、シャルロッテは嫁ぎ先で歓迎されました。
美しい妃でした。
気品溢れるたたずまいも、やや高慢な表情も、独特の魅力に満ちあふれています。
イタリア語も完璧にマスターしており、流暢な受け答えができました。
夫妻がリベラルな考えに共感していることも、高い人気の背景にありました。
しかし、シャルロッテはどこまで気づいていたのでしょう?
彼女も共感を示していたリベラルな考え方は、自分たちの立場を支える君主制度と相性がよいわけではありませんでした。
エリーザベトごときが皇后で、なぜ私が
新婚夫妻はヴェネツィア総督として北イタリアへ。
そこでは、共和政に目覚めたイタリアの人々が、ハプスブルク家の支配に反発しておりました。
イタリア貴族たちは、イタリア統一運動の中心であるサヴォイア王家を支持し、ハプスブルク家に顔を背けます。
舞踏会を開けば、招待客は喪服を身につけている。
オペラに招けば、代理人として使用人がやってくる。
それでもシャルロッテは、イタリアの人々から好かれようとしました。リベラルな考えにも、より一層理解を示しました。
しかし、これは保守的な考えを持つハプスブルク家からすれば、背反行為です。
ハプスブルク家は統一運動の軍相手に敗北が続いていて、フランツ=ヨーゼフからすれば、リベラルな弟夫妻は目障りでもあります。
こうした状況で、マクシミリアンとシャルロッテ夫妻は総督の任務を解任されてしまいした。
さらにフランツ=ヨーゼフとエリーザベト皇后夫妻に、待望の世継ぎが誕生。これでマクシミリアンが皇帝、シャルロッテ皇后となる可能性は消えました。
「あの女……よくも余計なことをしてくれたわね!」
シャルロッテの怒りの矛先は、エリーザベト皇后に向けられます。
シシーの愛称で呼ばれ、その美貌と悲劇的な生涯で知られる、あのエリザベート皇后です。
この二人はそもそも相性が悪かったのですが、シャルロッテの憎しみは強まるばかりでした。
「バイエルンのちっぽけな家に生まれたエリーザベトごときが皇后で、なんで王女の私が大公妃どまりなのよーッ!」
そんな嫉妬が、シャルロッテの中に渦巻いているのですから、憎たらしくないわけがありません。
夫との仲もぎくしゃくし出します。
ミラマーレ城で鬱々とした日々を送るマクシミリアンは、娼館の女たちに癒しを求めるようになります。
シャルロッテは読書で気を紛らわせるのですが、その奥には野心のマグマが滾(たぎ)っていたのでした。
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