日本中世史のトップランナー(兼AKB48研究者?)として知られる本郷和人・東大史料編纂所教授が、当人より歴史に詳しい(?)という歴女のツッコミ姫との掛け合いで繰り広げる歴史キュレーション(まとめ)。
今週のメイン記事は、愛知県稲沢市の国府宮で開催された「はだか祭り」です。一般的に男たちが「厄払い」や「福」を求めて熱い戦いを繰り広げる、この種の祭り、実は中世以前には恐ろしい側面も持ちあわせていたという話も……。
【登場人物】
本郷和人 歴史好きなAKB48評論家(らしい)
イラスト・富永商太
ツッコミ姫 大学教授なみの歴史知識を持つ歴女。中の人は中世史研究者との噂も
イラスト・くらたにゆきこ
◆神だった男たち~国府宮はだか祭 伝統を次世代 読売新聞 2月16日
姫「愛知県稲沢市の国府宮(大国霊神社)のはだか祭って、どういうもの? 見に行ったんでしょう?」
本郷「祭の開催日は、毎年旧暦の正月13日。この日には尾張一円からサラシの褌に白タビ姿のものすごくたくさんの裸男(はだかおとこ)が集まるんだ。彼らは地域ごとにグループを作っている。それで、その地域の老若男女の願いを込めた「なおい笹」を担いで、威勢よく境内へ駆け込み、奉納する」
姫「その時点までは、もみ合いとかはないわけ?」
本郷「うん。奉納を済ませた裸男たちは寒さに震えながら境内で待機し、神男(かみおとこ)の出現を待っているんだね」
姫「うわあ、寒そう。観客もいっぱいいるんでしょうけれど、その人たちも寒いわねー」
本郷「うん。こごえるよね。それでね、その上にね、なおい笹奉納の最後に手桶隊が登場する。手桶隊は裸男たちに水をかけ始めるんだ」
姫「ぎゃー。なにそれ。大がまん大会なの?」
本郷「いやいや、ちゃんと意味がある。水かけが始まって裸男たちが寒さに怯んだそのときに、参道の一角に神男が現れる。神男はその年一人だけ選ばれた、祭りの主役。彼は警護の人たちに守られて、参道から楼門(重要文化財)を通り、儺追殿を目指すんだ。この神男に触れることができると、厄が落ちる、といわれている。それで裸男たちは神男のもとに殺到し、凄まじい揉み合いがはじまるんだ」
姫「ああ、そこが祭のクライマックスなのね」
本郷「その通り。警護役の人たちは裸男をしりぞけようと、次々に水をぶっかける。だけど、裸男たちはそれに負けずに、神男に触れようと体を張る。手桶の水は、裸男たちの摩擦の熱で湯煙になり、大声が飛び交い、境内は異様な雰囲気になるんだ。普通なら3分くらいの楼門から儺追殿までが60分ほどかかる。神男はその間、裸男たちにもみくちゃにされるわけだね」
姫「それで神男さんが儺追殿に到着すると、祭はそこで終わるわけ?」
本郷「うん。裸男が活躍する激しい場面はそこで終わり。でも、祭で一番大切なのは、その後でね。真夜中の午前三時に神職たちによって神事が行われた後、神男は天下の厄災を搗き込んだとされる餅を背負わされる。それで桃と柳の小枝で作られた礫で神社を追い立てられるんだ」
姫「ああ、鬼は~そと~、と同じ原理ね」
本郷「そうなんだ。神男は境内を追い出されたあと、家路につく途中で餅を捨てる。このお餅を神職が拾って、土の中に埋める。それによって、世に生じた罪穢悪鬼を土中に還し、国土の平穏を現出する、ということになるんだね。めでたし、めでたし」
姫「なるほどねー。すごいのねー。でも、この奇祭には特別な意味があるわけでしょう?」
本郷「そうだね。まず、「はだか祭」の要素だけれど、これはもともとあったものではない。他の場所でも見られる「はだか祭」の要素を取り入れ、江戸時代の末期頃に今のようなかたちになったらしいよ」
姫「それじゃあ、神男にお餅を背負わせて、厄とともに追放する、というのが原初的なスタイルなわけ?」
本郷「うん。基本は「厄払い」なんだな。だから以前は、厄年の人、つまりその年に25歳と42歳を迎える人しか裸男になれなかったらしい」
姫「今は何歳でも参加できるわけね。稲沢市外の人でも、一定の手続きさえ踏めば、裸男になれる、って聞いたわよ」
本郷「そうだね。参加したい人はネットなんかで要確認です。まあ、それはおいておいて、ここからは民俗学者の研究なんだけれども、神男は本来、ただ追われるだけじゃなくて、殺されたんじゃないか、っていうんだね」
姫「ああ、なるほど。神様への生け贄ね。ありそうね。だけど、生け贄とか人柱って、日本でも世界的にも普通は未婚の女性なんじゃないの? 成人男性って珍しくない?」
本郷「その通り。そこを説明するのに、「まれびと信仰」をもちだすようだ」
姫「「客人」って書いて、まれびとよね。折口信夫先生の考え方でしょう? 共同体の外部からの来訪者「まれびと」は神と同義であり、共同体にはなかった様々な文物をもたらしてくれる、っていうのよね」
本郷「そう。つまり外部の人間は清らかな乙女と同じく「聖なる存在」だった。それでこのお祭りでは、旅人を捕まえて神男の役割をさせたんだろう、って」
姫「その根拠は?」
本郷「9代将軍徳川家重の時代、宝暦8(1758)年に書かれた『吉見宅地書庫記』に書かれている。旅人を捕らえる習慣があったんだけれども、これを禁止した。そのために往還が安全になり、人々が大いに喜んだ、って」
姫「旅人を捕らえたのは分かる。そのひとに厄を負わせてはらう、という構造もね。けれども、その人を殺した、とは書いてないんでしょう?」
本郷「うん。そこまでは。けれども、ひどい目に遭わせていることは間違いなくてね。裸男たちが神男のもとに殺到するさまは、いやがる旅人を捕縛するさまを表すんだ、というおっかない仮説もある。ただ、江戸時代に天下の往来で何の関係もない成人男性を捕まえて、殺害できるとも思えないんだよなあ。だから、生け贄にしたのは、戦国以前と考えた方がいいのかもしれないね」
姫「中世なら、いかにもありそうだものね。共同体の外部の人間を「まれびと」として捕えて、共同体の構成員の厄を背負わせて、神の生け贄にするのね」
本郷「いや、あくまでも研究上の考え方だからね。それが実証できるわけじゃない。そこは気をつけてください」
◆久留米大で入試問題ミス [福岡県] 西日本新聞 2月25日
姫「これはどうなの?」
本郷「あってはならないミスだけれども、なんだか責める気になれないなー。誰しも間違いはある、っていうレベルだし明日は我が身だから」
姫「久留米大学の附属高校って、進学校として有名よね?」
本郷「うん。出身者には孫正義、ホリエモン、鳥越俊太郎、なんて著名人もいるんだね。あ、これは歴史には関係ないか」
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