高杉晋作

高杉晋作/wikipediaより引用

幕末・維新

高杉晋作が27歳で夭逝「立てば雷電、動けば台風」の麒麟児は生き急いだ?

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今度は「交渉してこい」との命令がくだされる

数ヵ月後、アメリカとフランスに加えてイギリスとオランダまで加わった連合艦隊にもう一度コテンパンにやられた長州藩。

「ウチに人材が(ry」という考えを改めることなく、またしても晋作を頼りにしました。今度は「負けたけど、できるだけ損しないように交渉してこい」という命令です。

交渉の席では四カ国から諸々の条件が出され、晋作は領土の租借だけは頑としてはねつけたそうです。

通訳として同席した伊藤博文が、後年の回想で「アヘン戦争で負けた清が、租借という名目で各地を植民地化されていたことを知っていたから」と言っており、当時の記録と食い違っているため真偽は不明なのだとか。

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ドラマチックではありますし、晋作が実際に上海に行っていろいろ見聞きしていたとしても不自然ではないですから真実の可能性も低くはないのですけどね。

もしかしたら「エゲレス人とその他大勢見分けのつかないようなヤツらに土地を貸せるか!」くらいの理由だったかもしれませんし。

実はこの時期の長州藩、かなりの迷走っぷりで国内でも孤立していました。

幕末の例によって極めてややこしいので省略しますが、京都での基盤をなくしたのに無理に再起を狙って失敗。

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「お前ら朝敵!」と認定されてしまったため、幕府まで敵に回すというまさかの四面楚歌状態。

これが第一次長州征伐で「外国に負けたばっかなのに戦うなんてムリムリムリ!!」とビビッた長州藩は「スイマセン責任者を始末しますんで勘弁してください」ということで実質的に幕府にも降伏します。

 

窮鼠猫をかむ そして晋作は結核で…

これを見ていた晋作は「もうウチの藩ダメだ。どげんかせんといかん」と覚悟を決め、またも同志を募って藩中枢を乗っ取りました。

コロコロ変わっていた藩の方針も「エゲレスブッコロ!幕府もブッコロ!!」という方向に固まります。物騒にも程がある。

が、これを幕府が見逃すはずもなく「アイツら降伏してきたのは時間稼ぎだったわけか。こんどこそやってやんよ!!」と再び征伐計画が立てられます。

はい、第二次長州征伐です。

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そして実際に戦闘になるのですが、幕府の予想に反して形勢は逆転。

というよりも、平和に慣れきりさらに諸藩の寄せ集め状態だった幕府軍には統率のとの字もありません。

一方、長州藩はここで負けたら全員打ち首覚悟ですし、外国に負けたばかりで悔しいどころの話ではありませんから、生き残るのに必死。

第一次~第二次の間に晋作や西郷隆盛坂本龍馬らと締結した薩長同盟のおかげで、装備を充実させることができていたのも理由でした。

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「おもしろきこともなき世をおもしろく」

こうして長州藩は勝利を収めることができたのですが、晋作が関与したのは実はここまで。

当時これまた不治の病とされていた肺結核になってしまい、前線どころかこの世からも退かざるをえなくなってしまったのです。

大政奉還7ヶ月前のことでした。

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さぞ無念だったかと思いきや、辞世の句として伝えられている一句には未練が微塵も感じられません。

「おもしろき~」から始まる有名なアレです。

「おもしろきこともなき世におもしろく」

「おもしろきこともなき世をおもしろく」

晋作が直筆した書面がないため、一字だけ違うものが二つ伝わっているため微妙に意味がわかりづらくなっていますが、大意としては「俺はやりたいことやって人生面白かったよ」というところでしょうか。

伊藤博文いわく「あの人は立てば雷電、動けば台風のようなもので、周りは( ゚д゚)ポカーンするしかなかった」(超訳)とのことですから、本人としてはスッキリしてたでしょうね。

左から三谷国松、高杉晋作、伊藤博文/wikipediaより引用

同じく結核で亡くなったとされる新撰組の沖田総司が儚い美少年のイメージが強いのに対し、晋作の強烈っぷりといったらこの有様です。

本人が満足ならそれでいい……んですかね。

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長月 七紀・記

【参考】
国史大辞典
『全国版 幕末維新人物事典』(→amazon
『幕末維新大人名事典(新人物往来社)』(→amazon
高杉晋作/Wikipedia

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