元亀三年(1572年)3月。
信長は近江を確保するべく兵を動かしました。
しかしこのときは浅井・朝倉氏などとは大きな戦になっておりません。
そのためか、12日に信長は近江・和邇の陣から直接上洛しています。
京での政務を片付けつつ、京都周辺の動向を見ながら方針を決めるためでしょうか。
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信長の定宿は二城の妙覚寺
宿所は二条の妙覚寺(京都市中京区)。
信長が生涯18回も泊まった、定宿と呼べるところです。
一応、信仰していたとされる日蓮宗のお寺だから、というのもありますが、これは当時の住職・日饒上人が斎藤道三の息子だったからだ……と考えられています。
つまりは正室・濃姫の兄弟のところに泊まっていたわけで、なんだかちょっと切ないような、いい話のような感じがしますね。
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時系列が前後しますが、本能寺の変の際はここに信長の嫡男・織田信忠が泊まっていました。
織田家から信頼され、妙覚寺との付き合いを次世代にも続けさせようとしていたことも窺えますね。
信長にとって、他の寺とは一線を画す妙覚寺。
おそらく両者の関係は良好だったと思われますが、将軍・足利義昭はそうは思わなかったようです。
「信長も、いちいち寺に泊まるのは不便だろう」
と考え、屋敷を用意してやろうとしました。
そして
「信長はたびたび上洛してくるのに、自分の屋敷がないのはいかにも不便です。
武者小路に空き地がありますので、ここに信長の屋敷を作らせてはと思うのですが、よろしいでしょうか」
と、正親町天皇に奏上しました。
大工の棟梁・池上五郎右衛門は名人クラス?
義昭の訴えに対し、天皇ももっともなことだと思い、あっさり許可が出ます。
造営は、将軍からの命で諸将に申し付けられることになりました。
これを
「義昭があくまで自分が目上であることを示すためにゴリ押しした」
と見るか、
「義昭は義昭で、なんとか信長と良い関係を築こうとして屋敷の件を言い出した」
と見るか。
なかなか判断の難しいところですね。
信長は特に困っていなかったため、何度も辞退したそうですが……上意ということで従いました。
将軍からの命令による普請ということで、織田家の家臣たちではなく、畿内の大名・武将が工事を担当。
奉行は織田家から出され、村井貞勝と島田秀満が務めました。
大工棟梁は、池上五郎右衛門という者だったそうです。
後に豊臣秀吉にも仕えたといわれているので、当時は名の知れた大工だったのでしょう。
工事現場は大鼓小鼓で歌えや踊れ♪
3月24日に着工式が行われ、工事が始まりました。
工事現場では、稚児や若衆などを美しく着飾らせ、笛・大鼓・小鼓などで囃したてていたとか。
現代ではちょっと想像しにくい光景ですね。
このときの状況とは少し違いますが、日本に限らず、農作業など「多人数で息を合わせる必要がある」場合に、歌を歌って調子を整えるというのはよくあることでした。
【仕事歌】といいます。
原木を木材にする木挽きが歌う「木挽唄」、田植えをするときの「田植歌」など、日本にもさまざまなものがあります。
近年
「オフィスにBGMを流すと仕事の効率が上がる」
「勉強中にBGMをかけると集中力が上がる」
「従業員や生徒のメンタルヘルスにもいい」
といった説が出てきていますが、昔の人々も経験則で知っていたのかもしれませんね。
信長の邸を造っていた職人たちも、囃子で興に乗り、調子よく作業をしていたといいます。
となると、現場は当然賑やかなもの。
それらを見物する貴賤の人々が大勢やってきて、連日賑わっていたのだとか。
何か催しも行われていたようなのですが、『信長公記』に詳しいことは記載されていません。
造っている途中でこの状況ですから、順調に行けば、京の信長邸は新たな都の名物になっていたのでしょう。
が……残念ながら、この屋敷は完成しませんでした。
工事が始まった翌年、信長と義昭の関係が悪化し、武力衝突にまで至ったからです。
そのお話はもうしばらく後で。
長月 七紀・記
※信長の生涯を一気にお読みになりたい方は以下のリンク先をご覧ください。
織田信長の天下統一はやはりケタ違い!生誕から本能寺までの生涯49年を振り返る
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信長の妻で道三の娘である帰蝶(濃姫)史実ではどんな女性だった?
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なお、信長公記をはじめから読みたい方は以下のリンク先へ。
◆信長公記
大河ドラマ『麒麟がくる』に関連する武将たちの記事は、以下のリンク先から検索できますので、よろしければご覧ください。
麒麟がくるのキャスト最新一覧【8/15更新】武将伝や合戦イベント解説付き
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【参考】
国史大辞典
『現代語訳 信長公記 (新人物文庫)』(→amazon link)
『信長研究の最前線 (歴史新書y 49)』(→amazon link)
『織田信長合戦全録―桶狭間から本能寺まで (中公新書)』(→amazon link)
『信長と消えた家臣たち』(→amazon link)
『織田信長家臣人名辞典』(→amazon link)
『戦国武将合戦事典』(→amazon link)