政宗の鷹狩

絵・富永商太

伊達家

独眼竜は上司にしたい戦国大名か?ノリノリ政宗が鷹狩でボケまくった掟書き

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ノリの良すぎる主君だけど

その四は、今回の鷹狩について来なかった人へのサボり禁止令。

その五は、やはり付いて来なかった人には罰金という内容です。

どうもこの「掟」、鷹狩一行の中で読んで楽しむために作られたものであって、実効性は薄いと思われます。

留守を守って罰金を科されるなんて、たまったものじゃありませんよね。

それにしても「鷹狩などのアウトドアが大好きで、寒さなんか全然平気!」と言う部下にとっては、これほどノリが良く、身分の差などものともせず、一緒にワイワイやってくれる上司は最高でしょう。

しかし、その一方で、寒さが身に染みる年齢の方や、遠駆や鷹狩が嫌いな方(そもそも当時なら武士失格と言われたかも)には、辛いことこの上ない上司になりそうです。

当時は「寒い、痛い、辛い」など口に出して言う事は武士として恥ずかしいこととされ、それを指して文中では寒いことを理由に鷹狩のお供に来なかった人を「おとなけ(げ)なく」と批判しています。

 

とった獲物はお歳暮に

ちなみに、この鷹狩でとられた獲物は晩のおかずになっておしまい……ではありません。

政宗自ら穫った獲物として他家への贈答品になったりしています。

ただの野遊びでは無かった訳ですね。

※鷹狩の獲物や、鷹そのものは当時の有力者層で頻繁に贈答品として用いられ、織田信長の生涯を記録した『信長公記』にも頻繁に出てきます(特に東北は鷹の名産地でした)

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それに「付いて来ない奴もサボるなよ!あと罰金な!」と文中では色々と茶化して言っている政宗ですが、実際に罰金を科した訳でもありません。

むしろ、部下が「寒いから行きません」と断ることのできる選択肢があったようなところが良いですね。

現代でも、上司の誘いを断るのは至難の業なのに、江戸初期の自由闊達な伊達家中の雰囲気が察せられます。

いい上司じゃないですか。

 

ブラックというより体育会系政宗部

戦国末期~江戸初期にかけては「二度言ってできなきゃ斬る」と平気で言っちゃう人(細川忠興)もいたぐらいです。

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その点、政宗はかなり仕えやすい殿様一人だったのでは?

そもそも伊達家の俸給制度は、藩内から集めた税(主に米)を領主が部下に配る【直接俸給制】ではなく、家臣に与えられた知行地の米をそのまま禄として収入にできる【地方知行制】でした。

よって伊達家は、伊達藩62万石の大藩であると同時に、48もある小さな城館(やかた)の領主達が戴く「伊達連邦」の銘酒……ではなく盟主だったんですね。

そんな所も、伊達家の領主が部下を蔑ろにできない理由だったのかもしれません。

まぁ、それが仇となって戊辰戦争の時は藩内の意見をカッチリまとめきれなかった訳ですが……。

筆者としては『こんな殿様が上司だったらいいのになぁ』と思いまが、皆様はいかがでしょう?

ちなみに伊達家の正史『治家記録』を覗くと、同日の記録に

路次中、風雪甚ク、御供ノ者輩迷惑ス

【訳】道中の風雪がすごくて、お供の者達が迷惑したよ

と書いてあることは内緒です。

歴史書の中に家臣(付いて行かなかった家臣)がこんな風に正直に書けちゃう程、本当に自由な家風だったんですね。

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鈴木晶・記

【参考】
田辺希賢 遊佐木斎 編纂『伊達治家記録』
岡谷繁実 編『名将言行録』

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