信長公記 寺社・一揆

信長が競馬だと!? 賀茂祭へ名馬を提供し見物人も大喜び~信長公記111話

天正二年(1574年)5月5日。

【賀茂祭(=葵祭)】で競馬の神事と天下平穏の祈願が行われることになりました。

ちょうどこの時期に織田信長が京都にいたため、神社から、こんな依頼が届きます。

「織田家の名馬を、ぜひ競馬に参加させてほしい」

はて、競馬とは?

 

あの道長もハマッていた!?

競馬とは、現在一般的に行われている賭け事の競馬(けいば)とは違います。

読み方は「くらべうま」。
歴代の皇居や神社で行われていた神事のひとつで、摂関家などの有力貴族も行うことがありました。

かの藤原道長も、たびたび私的な競馬を催していたといいます。ただ、こうした場合は、神事ではなく、馬の優劣を競うような遊び、かつ馬をたくさん養える=経済力を見せつけるものだったでしょう。

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賀茂祭の競馬は「賀茂競馬」と呼ばれ、寛治七年(1093年)から続く、長い歴史を持つものです。

それに参加できるとなれば、信長にとっても名誉なこと。プラスにこそなれ、マイナスになることはほとんどありません。

そこで、信長は自分が勝ち戦で乗っていたことのある芦毛の馬と鹿毛の馬を、1頭ずつ出すことにしました。

実は信長は大の名馬好き。

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長篠の戦いでは戦勝後、「武田勝頼秘蔵の馬」を自身のものとしたりしています。

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黒装束と赤装束の神官が10人ずつ

自身の馬だけではなく、配下の御馬廻衆から18頭を募り、織田家としては合計20頭を出場させました。

ただし、賀茂祭の神事ですから、単に馬を出せばよい――というわけにもいきません。

馬具や馬を曳く舎人とねり(皇族や公家に仕える雑用係)の衣装などにも美々しいものを用意し、着飾らせたとか。

お祭り当日、信長が見物に行ったかどうかは不明です。その辺のことは『信長公記』に記されていないんですね。

それでも現地の様子は記されており……黒装束の神官と、赤装束の神官が10人ずつ織田家の馬に乗り、競馬に参加しました。伝統的な組分けのやり方で、他にも細かく持ち物が決められていたりします。

そして、どの組み合わせでも織田家の馬が勝ち、見物人も多く集まって賑わったそうですから、大成功だったのでしょう。

なんだか信長の親衛隊である黒母衣衆(佐々成政など)や赤母衣衆(前田利家など)を彷彿とさせる組分けですね。

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こうなるとなんだか”接待”のようですが、神社側のねらいは信長のご機嫌取りではなく、織田家の馬に参加してもらうこと自体が目的だったと思われます。

 

上賀茂神社・下鴨神社の式年遷宮費用に

神事ですから、参加する馬は良いものであればあるほどいいですし、それを聞いた見物人が多く集まります。

実は信長公記には
「信長が京都でさまざまな普請をすると、多くの見物人が押し寄せて賑わった」
という話が複数出てきています。

祭りで集まった人たちは、少なからずお賽銭をしていくでしょう。

ゆえに神社としては人が集まれば集まるほど嬉しい。経済的効果を狙いつつ、確実に良い馬を参加させてくれるとなれば、神社から織田家に参加を願い出るのも極自然な話ですよね。

さらには、賀茂祭を執り行う上賀茂神社・下鴨神社は両方とも式年遷宮を行うため、その費用に余裕をもたせたかったという事情もあったかもしれません。

上賀茂神社は1476年の火災で、かなりの被害を出していたようですし、それでなくても式年遷宮の間隔は延び延びになりがちでした。戦乱続きで神社の経営も不安定だったんですね。

信長を呼んだのも私利私欲というより、神社の復興・維持のためにお金が必要だった――そのために当時最高の目玉になりえる織田家の馬が最適だから依頼した――と考える方が自然でしょう。

そういう意味では、正親町天皇の前でお披露目した【京都御馬揃え】とは若干意味が異なりますかね。

それからしばらく経った5月28日、信長は政務を片付けて岐阜への帰路につきました。

長月 七紀・記

【参考】
国史大辞典
『現代語訳 信長公記 (新人物文庫)』(→amazon
『信長研究の最前線 (歴史新書y 49)』(→amazon
『織田信長合戦全録―桶狭間から本能寺まで (中公新書)』(→amazon
『信長と消えた家臣たち』(→amazon
『織田信長家臣人名辞典』(→amazon
『戦国武将合戦事典』(→amazon

 



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