「王佐の才」という言葉をご存知だろうか?
文字通り「王を補佐して主君を出世させる才能」という意味で、その代名詞的に使われるのが三国志の荀彧であろう。
高度な知識でもって曹操を支えたとされる文官である。
では、日本の戦国時代でこれに当てはまる武将の代表は?
荀彧とはかなりタイプが異なるが、個人的には前田利家を推奨したい。
まだ海の物とも山の物ともつかぬ若かりし頃の織田信長に仕え、これを機に豊臣秀吉とも家族ぐるみで付き合いを進め、同時に徳川家との関係も保って、結果的に加賀百万石を手に入れる。
ひとたび戦場に出れば「槍の又左」と恐れ称され、上記3英傑の天下に多大なる貢献を果たした。実際、前田利家の死が五大老のバランスを崩し、ひいては徳川政権に繋がったとも言えるワケで……。
涙なくしてスクロールできない、利家の最期、とにかく惜しい!哀しい!間違いない!
病床にて
◆前田利家と言えば、妻のまつ。
2人は本当に仲が良かったようで実に11名(2男9女)もの子宝に恵まれました。
織田信長お気に入りの茶坊主をぶった斬って利家が一時期、出入りを禁じられたときには(笄こうがい事件)、桶狭間の戦いに勝手に参戦して首を挙げ、後に信長に帰参を許されております。やはり若い頃から相当に熱い人だったのでしょう。
それが急激に力も衰え……。
信長さんと秀吉がオレを呼んでいたんだぜ
◆織田信長・豊臣秀吉・徳川家康ではなく信長・秀吉・利家。
豊臣のサポートに回っていた利家が、天下を望むことはさすがになかったと思われますが、信長と秀吉の天下を支え続けた多大な功績から【4英傑】でマトメた方が自然かもしれませんね。
まんが戦国ブギウギ5話「笄斬り」で若き利家、織田家から追放!
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息子・利長は家康派だった?
◆秀吉亡き後の豊臣政権は五大老・ご奉行の合議制で進める――そんな決まりを簡単に破ったのが家康でした。
秀吉の死後「伊達家・福島家・蜂須賀家・加藤家・黒田家」等との婚姻を勝手にすすめ、字固めを進めたワケです。もともと気性の激しい方ではありますから、ガチで刺し違えようと思ったらできたかもしれませんね。
そうすれば関ヶ原の戦いも大きく変わったわけで、そもそも起きなかった可能性だってあります。まぁ、歴史にIFは禁物ですが、それだけ利家の存在は大きかった、ということで。
いつかの夢みたいに盛大に泣いてくれ
◆うわぁああああああああああああああああああああああ><;
ひそかに一番好きだったキャラがついに……。わかっていても月日の流れってほんとに切ない。
スピンオフ作品での再降臨、お待ちしております。利家、フォーエバー……。
漫画・アニィたかはし
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