本郷和人東京大学教授

本郷和人の歴史ニュース読み

楽しさと受験の間でジレンマ生じる歴史の教科書 東大教授・本郷和人の歴史ニュース読み

日本中世史の本郷和人・東大史料編纂所教授が歴史ニュースに注目する「歴史ニュースキュレーション」。

今週のメインテーマは「高校生の歴史教科書問題」ならびに「車窓から天守閣」です!

 

【登場人物】

本郷くん1
本郷和人 歴史好きなAKB48評論家(らしい)
イラスト・富永商太

 

himesama姫さまくらたに
ツッコミ姫 大学教授なみの歴史知識を持つ歴女。中の人は中世史研究者との噂も
イラスト・くらたにゆきこ

 


使える日本史教科書は高校生用だけじゃない

◆使える日本史教科書は高校生用だけじゃない/東洋経済オンライン 4月30日(→link

本郷「教科書を書くのって、実はたいへんなんだよなあ。自分でも書いてみて、それがよくわかりました」

「え? あなたにもついに、山◯出版社の教科書の話がきたの?」

本郷「いやいやいや。そうじゃありません。あれはね、学界のボス(まあだいたいは東大の文学部の先生であることが多い)が書くものです。ぼくのような学界のつまはじきにはお声はかかりません(きりっ」

「そんなところで開き直られても……。でも山◯の教科書って、シェアのナンバーワンを誇っているんでしょう?」

本郷「そうだね。ダントツでナンバーワン。ぼくが書いたのはそれに次ぐ出版社が出している教科書なんだ。といっても、2位以下はドングリの背比べなんだけれど」

「へー、そうなんだ。それであたなは、教科書を書く際にどんな工夫をしたの?」

本郷「うん。『読んでおもしろい』教科書にしたいと思ってね。淡々とした叙述をやめて、因果関係がはっきりとした文章にしようと思ったんだね」

「うーん。教科書っていうと、無味乾燥、毒にも薬にもならない、ってイメージがあるわよね。それを打破しようという試みはいいんじゃない?」

本郷「いやいやいや。実際にはそんなことはないよ。大学受験とか、中間・期末のテスト対策とか、そういうこと抜きに教科書を読んでみると、それなりにどの教科書もおもしろいはずなんだけどなあ。それはこの文章で麻木さんが言われてるとおりだと思う」

「ふーん。学界のつまはじきのくせして、具体的な話になったらとたんに保身に走ったわね……。まあ、いいわ。それで、あなたの試みは、どういう結果につながったの?」

本郷「ぼくが教科書を書いたときには、大学の研究者と、高校の先生方とが共同で作業をした。まあ文章は大学の研究者が書くんだけれど、それを現場の先生方がチェックされるわけですよ。実際に生徒たちがどう反応するかを現場の先生方は知ってるから、それは納得できることだと思うけれど」

「ふーん。それはどの教科書も同じなの?」

本郷「いや、それは知らない。ぼくが書いたところはそうだったよ、ということ。それでね、ぼくの書いたものは、高校の先生方からきついダメ出しをくらってしまったんだ」

「すちゃらかなあなたのことだから、またいい加減なことを書いたんでしょう」

本郷「そんなことはないよ。まじめに書いたさ。ただね、さっきも言ったように、おもしろい叙述を心がけたら、『よけいな情報が多すぎる』ってダメを出されたんだ」

「え?よけいな情報ってどういうこと?詳しく書いちゃあ、ダメなの?」

本郷「そうなんだ。高校の先生方がおっしゃるには『私たちは、教科書に書いてあることは原則覚えなさい、と生徒に指導しています。だから、よけいな情報はできるだけ排除して、必要なことだけを書いてください』と言われたんだ」

「ええ! 教科書は覚えろ! って指導しているわけ! よけいな情報が書いてあると困る、っていうことは、原則まるまる暗記、っていうこと? それ、ちょっと違うんじゃない?」

本郷「さすがに一字一句覚えろ、ということではないんだろうね。でも、基本、教科書に書いてあることは頭の中に入れろ、と。そういうことらしい。まあそれが正しいのか、誤りなのか、ぼくには分からないけれどね。ともかく、ぼくのモチベーションが急激に下がってしまったことは否定のしようがなかったな」

「まあ、あなたのような人はそうよね。ただ、どんなものにも、どんなことでも、今までの経緯とかその場で築かれてきた流儀っていうのはあるじゃない。それを無視して『俺はおれさまだ!俺の言うことをきけ!』っていうのは横紙破りにすぎると思う。だから、あなたがむやみやたらと『教科書はこうだ! こうあるべきだ!』と言っても、それが通ることはないでしょう。ないでしょうけれども・・・。そうかあ。教科書は覚えろっていうのが現場の空気なのね。それじゃあ、子どもたちは歴史が嫌いになるんじゃないかな」、

本郷「うん。ぼくがどう、ということじゃなくて、それじゃあ歴史嫌いが増えるのはしょうがないかな、と思うんだ。でもね、それで高校の先生方に『おかしいじゃないか!』って抗議したらどうなると思う?」

「ああ、なんとなく分かるわ。『大学受験がある以上、しようがないじゃないか。実際に受験では、覚えてないと答えられない問題が出ているんですよ』って反論されそうね」

本郷「ご名答。そうなるだろうね。だけどなあ、たとえば東大では、重箱の隅をつつくような問題は出てないと思うんだどなあ。大事なことは『知ってる』ことではなくて、知識を用いて『どう考えるか』だからね」

「うん。そうあるべきだと思うけれど、それはまた、『大学入試はどうあるべきか』という別の問題になるわね。それはまた機会を改めて考えましょう」

 


新幹線から眺める数分間の「天下統一の歴史」

◆新幹線から眺める数分間の「天下統一の歴史」/東洋経済オンライン 5月6日(→link

本郷「東京駅から『のぞみ』に乗って、1時間7分。これなあんだ?」

「何かしら? 電車は静岡県を走っているのね? あ、富士山の絶景スポットとか?」

本郷「天気がいい日には確かに富士山がよく見えるけれど、この時間では富士山はもう車窓には見えないな。答えはね、掛川城なんだ。ぼくは『のぞみ』に乗ると、できればE席に座り、1時間過ぎくらいからスタンバイしておく。すると、これくらいの時間に掛川駅を過ぎ、掛川城の復元天守が見えてくるっていう寸法さ。ぼくはこれが楽しみなんだ」

「ふーん。掛川城の天守っていうと、山内一豊が作ったのかな?」

本郷「そうだね。関ヶ原の戦い以前、一豊は近江・長浜で2万石。ついで遠江・掛川で5万1000石。関ヶ原の戦いの後には土佐一国を与えられ、9万8000石(これが検地後に高直しをされ20万石)の大名だった」

「つまり、現存している高知城の天守閣も、一豊が作ったわけね」

本郷「そうだね。掛川城の天守を復元する際には、高知城の天守も参考にしたという。確かに似ているよね。まあ、ひとことで言って、『かっこいい!』」

高知城

「うんうん。あなた高知城好きだものねえ。それはそれとして、他に新幹線から見えるお城って、どこ? とりあえず東京―大阪で」

本郷「ええと、小田原城でしょ。それからほんの小さく見えるのが名古屋城ね。彦根城の天守も見えるよ。少しの時間だけど。あとは……」

「ダメじゃないの、清須城を忘れちゃ」

本郷「ああそうか。清洲か清須か、というのでも論争があるらしいけれど、清須城があったね、そういえば。まあ、ここの天守閣はどういう根拠があって、そういうかたちにしたんですか、と突っ込まれたらオシマイだけどねえ」

「なんでも、当時の市長さんは東大の日本史研究室の出身者だったそうよ。それで、周りの人がなんか疑問を投げかけると、おまえたちより俺の方が、日本史に詳しいんだ、って言って、あの天守閣を作っちゃった、っていうのよね。まあ、うそかも知れないけれど、そんな話がある、ということで」

本郷「いかにもありそうな話だね。くわばら、くわばら」

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