江戸

『JIN-仁-』の舞台・江戸時代は医学が劇的進歩をしている最中だった!?

こちらは2ページ目になります。
1ページ目から読む場合は
『JIN-仁-』の舞台・江戸時代の医学
をクリックお願いします。

 

ただし、劇中でも描かれている通り、その調合方法は秘伝中の秘伝。

開発したのは華岡流当主の華岡青洲であるが、人体実験の折、実母と妻が実験台を名乗り出て度重なる実験の結果、母は死に、妻は失明するというあまりに大きな代償を伴っている。

簡単に公表できないのも仕方のない話だろう。

江戸時代の華岡青洲が世界初の麻酔~妻と母を犠牲にし進んだ医術の道

続きを見る

また一説では、通仙散の調合は危険かつ難しいものであり、世に公表するのが危険極まりなかったため、敢えて公開しなかったとも言われている。

現在でも文献として通仙散の調合方法は残っておらず、当時の門下生で情報を漏えいした者は、破門にされているほどだ。

 

日本人初! 西洋医学を学んだ女性産科医

江戸時代、日本の医学に多大なる影響を与えた外国人がいる。

シーボルトだ。

シーボルトは生粋の親日家? あの事件から30年後に再来日してましてん

続きを見る

その娘・楠本イネは『仁』にも登場しており日本で初めて女性にして西洋医学を学んだ産科医として活躍。

咲の背中を押す重要な役割を果たしている。

楠本イネ~父はあのシーボルト~日本初の女医が歩んだ茨の道とは?

続きを見る

その父、シーボルトが居なければ日本の医療の針は更に歩みを遅らせていただろう。

そんなシーボルトが来日したのは文政6年のこと。

彼は長崎の鳴滝に医学・蘭学塾を開き、門下生たちに公開手術を行った。これが日本最初の臨床医学である。

しかしこのシーボルト、オランダ政府から日本の総合調査を命じられていたため、ドイツ人でありながらオランダ人と偽り、門下生たちにもオランダ語でレポートを提出させていた。

そして文政11年、御禁制品(日本地図など)の国外持ち出しの罪で国外追放されてしまう。

JIN仁楠本イネ450

もしも追放がなかったら日本の医学は世界水準どころかトップレベルに達することもできたのではなかろうか。そんな風にも考えてしまう。

シーボルト事件はナゼ起きた? 地図を交換した高橋景保はどうなった?

続きを見る

ともあれ、江戸時代の医療は海外からの情報流入により急激に発展し、一気に世界水準にまで達しようとしていたのであった。

それが現在へと続くのである。

あわせて読みたい関連記事

坂本龍馬が暗殺されるまで駆け抜けた33年激動の生涯~暗殺犯は誰だ?

続きを見る

緒方洪庵は聖人かっ!? 適塾で医師を育て種痘撲滅にも奔走 しかし最期は……

続きを見る

江戸時代の華岡青洲が世界初の麻酔~妻と母を犠牲にし進んだ医術の道

続きを見る

シーボルトは生粋の親日家? あの事件から30年後に再来日してましてん

続きを見る

楠本イネ~父はあのシーボルト~日本初の女医が歩んだ茨の道とは?

続きを見る

シーボルト事件はナゼ起きた? 地図を交換した高橋景保はどうなった?

続きを見る

そもそも庶民は病院に足を運んだのか?『JIN-仁-』江戸のリアル医療事情

続きを見る

『JIN-仁-』緒方洪庵の真実~漫画ドラマ以上に熱くて優しい大先生だった

続きを見る

イラスト・文/春原沙菜

【参考】
ドラマ版『JIN-仁-』は無料で視聴可能!(→amazon)※2020年5月現在

TOPページへ

 



-江戸
-

Copyright© BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン) , 2020 All Rights Reserved.