一ノ谷の戦い(鵯越の逆落とし)

鵯越の逆落とし『源平合戦図屏風』/wikipediaより引用

源平

一ノ谷の戦い(鵯越の逆落とし)がわかる!源平合戦の趨勢を決めた一戦

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源平の興亡は実質的に決まった!?

また、平家物語で五本の指に入る超有名なエピソード「敦盛の最期」も実は一ノ谷での話です。

中学生くらいで習うのでここでは割愛しますが、逆落としに隠れて歴史の授業ではほとんど取り扱われず、国語だけというのはちょっと寂しいというかビミョーな気になりますね。

こういうところで教科を越えてリンクさせると面白いんじゃないかと思うのです。

特に平安~鎌倉あたりって文学と歴史の関連が深い気がするんですよね。

方丈記』とか世相(に対する愚痴)のことがほとんどです。

話を一ノ谷に戻しましょう。

後は結果ですね。

 

多くの人材を失ってしまった平家

結果としては当然ながら「勝った源氏・負けた平家」という構図になります。

しかし、戦いというのは最初から勝敗が決まっているワケじゃありません。

もともと戦の準備は整っており、平家だって勝つため死に物狂いで戦いました。

そのぶん犠牲も大きく、特に一族の中の若い世代がたくさん討死してしまいます。

平清盛の異母弟や息子の家の子供や清盛の養子など、次代の中枢になるべき人材の多くが一ノ谷で失われたのでした。

平敦盛が笛の名手であったことは有名ですが、他にも和歌や琵琶に秀でていた人もいたとか。

その辺はさすが名門ですね。

舟へ戻ろうとする平敦盛と、それを呼び止める熊谷直実/wikipediaより引用

もしこの後平家が盛り返していても、いずれ後継者不足に悩んだと思われます。

ゆえに実質的には一ノ谷で源平の興亡は決まっていたとも言えそうです。源氏は源氏ですぐに仲間割れをしますので、五十歩百歩ですが。

こうして大打撃を受けた平家はさらに西へ逃げ、勢いに乗る源氏はそれを追い……次のハイライト・屋島へと続きます。

那須与一の出番となりますが、その詳細は以下の記事にて。

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長月 七紀・記

【参考】
国史大辞典
『源平争乱と平家物語 (角川選書 (322))』(→amazon
『源平興亡三百年 (SB新書)』(→amazon
一ノ谷の戦い/Wikipedia

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