1945年のクリスマス―日本国憲法に「男女平等」を書いた女性の自伝

明治・大正・昭和時代

日本国憲法の一部を起草したベアテ・シロタ・ゴードン 多国語を操る才女

少女時代までに身に着けた5つの言語に加え、大学で学んだスペイン語の6言語を操れるようになっていたことと、これまでの職歴が評価され、GHQの民間人要員として採用されたのです。

帰国したのは、1945年のクリスマスイブのことでした。

 

父とついに再会! 母は栄養失調に陥っていた

赴任直後に上司に申し出て、両親を探すため三日間の休暇を取るという度胸の良さも見せています。
クリスマスの時期と彼女の能力の高さ、当時としては特殊な生い立ちなどを加味されて許可が出たのでしょうか。

奔走した結果、「レオがNHKでピアノを弾いていた」という情報が得られ、そこから両親が軽井沢にいることを知りました。

ベアテが電報を打つと、レオがさっそく軽井沢から東京にやってきて、親子再会が叶います。
このとき母オーギュスティーヌは栄養失調で軽井沢を動けなかったのですが、ベアテが軽井沢へ向かうことで、やはり再会できました。

乃木坂の家は空襲で焼けてしまっていたので、原宿の知人の家を借りて親子三人で暮らすようになります。
以前住んでいた国とはいえ、ベアテの行動力と手際の速さがスゴイですよね。

こうして心配事も減ったベアテは、仕事に注力し、正当に評価されていくようになりました。
彼女が所属したGHQ民政局では、女性もきちんと一人前として扱われていたことも大きな理由です。

そして、1946年2月にはベアテを含めた25人のスタッフが極秘に憲法草案作成を命じられました。

ここでもベアテは正規メンバーとして扱われ、非常に驚いたそうです。
彼女は言語や日本の文化については詳しいものの、法律家ではありませんからね。

ちなみに、このとき後に夫となるジョセフ・ゴードン中尉に出会ったそうです。

 

彼女の草案は丁寧過ぎるがゆえ、大幅に修正された?

ベアテはまず都内の図書館に行き、各国の憲法に関する資料を集めました。

リサーチャー時代の情報収集能力が発揮され、彼女の集めた資料は他のスタッフにとっても非常に役立ったそうです。

憲法の草案の中で、ベアテは社会保障と女性の権利に関する条項を担当。
今までの経験から、特に後者についてはかつてないほどの人権保護規定を入れています。

しかし、あまりにも詳細かつ先進的すぎて、ベアテの草案は大半が削除されてしまいました。
一部が伝わっているので、Wikipedia先生から引用させていただきますね。

【Wikipediaより引用 ベアテ・シロタ・ゴードン草案】
第18条
家庭は、人類社会の基礎であり、その伝統はよきにつけ悪しきにつけ、国全体に浸透する。
それ故、婚姻と家庭とは法の保護を受ける。婚姻と家庭とは、両性が法律的にも社会的にも平等であることは当然である。
このような考えに基礎をおき、親の強制ではなく相互の合意にもとづき、かつ男性の支配ではなく両性の協力にもとづくべきことをここに定める。
これらの原理に反する法律は廃止され、それにかわって配偶者の選択、財産権、相続、住居の選択、離婚並びに婚姻及び家庭に関するその他の事項を、個人の尊厳と両性の本質的平等の見地に立って定める法律が制定されるべきである。

第19条
妊婦と幼児を持つ母親は国から保護される。必要な場合は、既婚未婚を問わず、国から援助を受けられる。
非嫡出子は法的に差別を受けず、法的に認められた嫡出子同様に身体的、知的、社会的に成長することにおいて権利を持つ。

第20条
養子にする場合には、その夫と妻の合意なしで家族にすることはできない。
養子になった子どもによって、家族の他の者たちが不利な立場になるような特別扱いをしてはならない。
長子の権利は廃止する。

第21条
すべての子供は、生まれた環境にかかわらず均等にチャンスが与えられる。
そのために、無料で万人共通の義務教育を、八年制の公立小学校を通じて与えられる。中級、それ以上の教育は、資格に合格した生徒は無料で受けることができる。
学用品は無料である。国は才能ある生徒に対して援助することができる。

第24条
公立・私立を問わず、児童には、医療・歯科・眼科の治療を無料で受けられる。
成長のために休暇と娯楽および適当な運動の機会が与えられる。

第25条
学齢の児童、並びに子供は、賃金のためにフルタイムの雇用をすることはできない。
児童の搾取は、いかなる形であれ、これを禁止する。国際連合ならびに国際労働機関の基準によって、日本は最低賃金を満たさなければならない。

第26条
すべての日本の成人は、生活のために仕事につく権利がある。その人にあった仕事がなければ、その人の生活に必要な最低の生活保護が与えられる。
女性はどのような職業にもつく権利を持つ。その権利には、政治的な地位につくことも含まれる。同じ仕事に対して、男性と同じ賃金を受ける権利がある。

【引用ここまで】

日本国憲法が現在の形になるまでには、ベアテ以外の人の手がかなり入っていますので、ベアテの案について単純に良し悪しを語ることはできません。

彼女は「大幅に書き直されて悔しかった」と追想していますが、上記の引用を見る限り「丁寧すぎて回りくどい」「他の法律で詳述すべき部分まで憲法に入れようとしている」点が目立つような気がしますね。

憲法は最高法規であると同時に、その国の全ての法律にとって木の幹のようなものなので、枝(=他の法律)にあたる部分まで入れる必要はないのです。

でないと、法律ができるたびに憲法の条文を増やすことになりますし、憲法の改正・追加には他の法律より手間がかかるのがセオリーですから、国会や政府の負担が激増してしまいます。
その辺が大量修正の一因のような……。

 

憲法草案に携わったことについては長く秘匿していした

その後もベアテは通訳・翻訳で活躍しました。
単純に言葉を訳すだけではなく、アメリカと日本双方で暮らしたことがあり、互いの習慣や微妙なニュアンスまでを考慮した上での仕事ぶりが高く評価されたようです。

しかし、憲法草案に携わったことについては長く秘匿していました。
「派手な化粧と服装の女」と揶揄されたこともありましたし、「自分は法律の専門家ではないから」というのが主な理由だったようです。

晩年になって口を開いたのは、元上司が話すように勧めたからなんだとか。

長い年月が経ち、実務者のほとんどが亡くなってからのことだったため、彼女の証言全てを妄信することはできません。

まあ、これはベアテだけに限ったことではありませんけれどね。人間、記憶違いや思い込みなんて誰でもするものですから。

長月 七紀・記

【参考】
『1945年のクリスマス―日本国憲法に「男女平等」を書いた女性の自伝』(→amazon
ベアテ・シロタ・ゴードン/Wikipedia

 



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