幻の東京五輪(1940年東京オリンピック)ポスター/wikipediaより引用

明治・大正・昭和

なぜ幻の東京五輪(1940年東京オリンピック)は中止に追い込まれたのか?

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さらに輪をかけて雲行きが怪しくなったのが1937年(昭和12年)。

泥沼の日中戦争が本格化するのでした。

 

揉めに揉めた総会 その帰路の船上で……

それは五輪招致が決定してから約2年後のことでした。
1938年(昭和13年)になって、IOC側が、五輪と万博の同時開催に難色を示し始めました。

過去にも1900年(明治33年)のパリ、1904年(明治37年)のセントルイスにおいて、五輪と万博のセット開催はありました。
しかし、世界的イベントの同時開催は、やっぱりムリがあり、進行はグダグダになっていたのです。

IOCとしてはその轍を踏みたくはない。

では、どうするか? と、1938年のIOCカイロ総会では東京五輪について徹底して話し合われ、悲願の日本開催が流れ……かけました。
議論は揉めに揉め、最終的にはなんとか妥協されるのです。

嘉納治五郎も、このカイロ総会に参加していたのですが、その重責たるや想像を絶するものだったのでしょう。日本への帰路、船上で亡くなってしまうのです。

嘉納治五郎/国立国会図書館蔵

日本近代スポーツ黎明期の偉人が、こんな風に亡くなるなんてあまりにも不憫なことです。
が、後の結果を考えればそれを見なかったことは不幸中の幸いだったかもしれません。

そうです。
ご存じの通り1940年東京オリンピックも万博も、夢幻の如く消えてしまうのでした。

 

すべては夢幻と化した

五輪と万博の開催中止は、戦争の悪化が理由とされています。

しかしこうして振り返ってみると、夏季五輪・冬季五輪・万博という一大事業をセットで同年に開催するというのは、やはりムリがあったのは?と感じてしまいます。

正式決定されたのは1938年(昭和13年)7月15日。戦局の安定まで万博が延期され、五輪については返上が決まりました。

そして日本は1941年(昭和16年)、太平洋戦争へ突入します。

数年前まで「五輪だ、万博だ」と高揚感に溢れていた国内は、終わりなき戦いにその身を投じ、本土の日常も、娯楽とは隔離された社会へ変貌を遂げていきます。

さらに1944年(昭和19年)にアメリカ軍の本土空襲が始まると、五輪や万博のために作りがけだった建造物は軒並み焼け落ちるのでした。

焼け野原となった東京市街/wikipediaより引用

五輪を目指しながらも、最盛期を戦争で逃した選手。

選手生命だけでなく命そのものを失った選手もおりました。

1932年(昭和7年)ロサンゼルス五輪で金メダルを獲得した西竹一は、硫黄島で戦死を遂げております。1936年(昭和11年)ベルリン五輪で、水泳の前畑秀子が獲得した金メダルは、空襲で焼けて失われました。

フィギュアスケートの天才少女選手として有名だった稲田悦子。札幌五輪が開催されていたら……/wikipediaより引用

日本が再び五輪と万博の夢を追うのは、1945年(昭和20年)に敗戦を迎えてから。

長く険しい道を乗り越え、そして、その夢が現実となるのは昭和39年(1964年)になってからでした。

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文:小檜山青

※追記

1940年に開催を予定し、そして返上することになった「幻の東京五輪」。
嘉納治五郎氏を中心に行われ、その際、日本をアピールするため一冊の「写真アルバム」が制作されました。

それが現代に復刻――極東書店さんより発売されています。

『東洋のスポーツの中心地 東京-1940年幻の東京オリンピック招致アルバム―』
詳細は極東書店HPへ

日本が世界の一流国に入るため。
当時の人々は、いかなる努力を注ぎ込み、いかなる技術力を構築したか。

その様子がアルバムで見れるなんて、まさに歴史のダイナミズムを実感できる場面ではないでしょうか。

IOC委員会に配布されたオリジナルに日本訳・解説を付けて復刻

“柔術は日本のオリジナルでユニークなスポーツ”、との紹介がされています

競技会場の様子を生き生きと伝えます。本書では東京の街並みや名所なども紹介され、当時の様子が分かります

資料が傷まないよう保護用の箱を付けております

詳細は、こちらの極東書店公式サイトへ!

【参考文献】
『幻の東京五輪・万博1940』夫馬信一(→amazon link

 



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