銀座煉瓦街のミニチュア(江戸東京博物館)/wikipediaより引用

明治・大正・昭和

「平民苗字許可令」で庶民が困惑した名字の歴史~ルーツは氏姓制度まで遡り

【名無しの権兵衛さん】という言い回しがあります。

この表現にツッコミを入れたくなったことがある人は多いのではないでしょうか。

「”権兵衛”って名前じゃないの?」

実はこの場合、”名”は”名字”のことだという説があります。確かに「江戸時代の庶民には名字がなかった」なんていわれていますよね。

では、一体いつ頃から庶民も名字を使えるようになったのか?

答えは明治三年(1870年)9月19日、明治政府が出した【平民苗字許可令】からのようです。

とはいえ、それまで庶民が全員名字を持っていなかったというわけではなく、江戸幕府が「公の場で名字を名乗っていいのはエラい人だけ!」というお触れを出していただけであって、存在はしていました。

名字と同様に身分制度の【士農工商】も意外と抜け道があったようですが、

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いずれにせよ、広く名字が使われるようになったのは明治時代からという認識で良さそうです。

 

名字の起源は氏姓制度にまで遡る

ここからちょっとややこしい話になりますが……。

名字の元となる

【姓(かばね)】
【氏(うじ)】

の起源を見ていきましょう。わかりやすくザックリと省略しますので、娯楽として聞いてください。

まず【姓】というものは天皇から賜るものでした。

例えば【大化の改新】の功績で、鎌足が藤原の姓をもらったように、おいそれと名乗れるものではなかったのです。

しかし、姓をもらった人の家系が繁栄すると、同姓同名またはそれに近い人が大量にいるという事態になってしまいました。

同時に、同じご先祖様でも出世状況などによって身分に差が生じてきます。

「これじゃややこしくてわけわからんわ!」

ということで、同じ姓を持つ人々の中で、ある程度区別をつける方法が考えられました。

それが【氏】です。

公家を例にするのがいちばんわかりやすいかと思います。

 

信玄も政宗も義貞も名字は地名から

中世までは藤原のナントカさんが多いですよね。

でも、それ以降になると【二条家】とか【九条家】などが出てきて、【藤原】という名字の人はあまり見かけません。

あれは、大ざっぱにいうと藤原姓の中で序列をつけるために、別の名字をつけていったからなのです。

生まれ育った屋敷の地名が多かったようですね。

当時は結婚しても、夫が妻の元に通う形式がほとんどでしたので、母親の実家の住所を名字にしたということにもなります。

武士の場合は、主に領地の地名を自分の名字として使い始めました。

新田義貞の名字である”新田”は、新田荘という地名。

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他にも戦国のミスターやりたい放題・伊達政宗の【伊達】は今の福島県にもある伊達郡からきていたり、武田信玄の甲斐武田氏は常陸の【武田郷】だったりします。

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彼らの家臣もそれぞれ地名を元にした名字を使ったりしました。

お偉いさんがそんな感じだったので、庶民もそれに倣って住んでいる場所の地名を名字として使っていることが多かったのですが、江戸幕府が「エラい人以外はダメ!」ということにしてしまったので、当時のことを調べる際に多々不都合が生じています。

 

土地の権力者と同じにしたり創作したり

おかげで明治時代に「庶民も名字おk」と言われたときは混乱もあったようです。

名字を付け直したり、土地の権力者と同じにしたり、はたまた創作したり。

このため多くの人は、名字から先祖のルーツをたどることは極めて困難になっています。

名字検索サイトなどで「◯◯という名字は藤原氏系に多いが、平氏系、源氏系にもみられる」というような記述があるのはこのためでしょう。

ちなみにワタクシの本名を調べたときに出てきたんですが、「全部じゃねーか!」とツッコまざるを得ませんでしたw

しかし、家系ではなく名字そのものがどこの地名から始まったものなのかはある程度判るようです。

おそらく、遠いご先祖様がその地名の場所に住んでいたということなのでしょう。

複数存在する地名もあり、そこから現在までに何がどうして自分に繋がるのかを調べるのはかなり難しいですが、同じ字でも違う読みだったり一文字加えて別の名字になっていたりして、なかなか面白いものです。

なお、各武家の出自をちょっと詳しくマトメたのが以下の記事になりますので、ご興味のある方は併せてご覧ください。

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長月 七紀・記

【参考】
国史大辞典
苗字/wikipedia

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