大正2年(1913年)9月4日、足尾銅山鉱毒事件を告発した田中正造(しょうぞう)が73歳で亡くなりました。
社会科の教科書で公害の話になると必ず出てくるので、うっすら覚えている方もいらっしゃるかもしれません。
あるいは板垣退助さんと区別がつきにくくなっている方もいらっしゃいますかね?
田中正造はもともと政治家でした。
が、当初の議会でこの事件について訴えてもまるで効果がなかったため、最終手段を取ります。
畏れ多くも「直訴」です。
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現在の栃木県日光市にあった足尾銅山
その前に、発端となった足尾銅山鉱毒事件について見ておきましょう。
足尾銅山というのは、現在の栃木県日光市にあった鉱山です。
発見されたのは江戸時代前期の1610年。
幕府直轄の銅山として、ここで取れた銅から寛永通宝などの通貨が作られたこともありました。
しかし、幕末あたりから採掘量がガタ落ちしたため、一時開店休業状態に陥ります。
その後、明治に入って民営化され、明治十四年(1881年)から大きな鉱脈が次々と見つかりました。
20世紀に入る頃には全国の銅山で1位。
1936年頃には、経営する企業「古河鉱業」は日本の銅の1/5を産出し、その多くが足尾銅山から出るというくらいになったのですが、これが事件の発端となります。
金属というのは、ただ掘り出しただけでは使えません。
鉱石を粉砕し、その後どんな金属が混ざっているかなどによってさまざまな加工をし、純粋な金属を取り出す「精錬」という作業をしなくてはなりません。
様々な薬品や別の鉱物を使うのですが、銅の他に、ガスや金属イオンが出てきてしまいます。
1895年の足尾銅山/wikipediaより引用
その中には自然や人間に有害なものがてんこ盛り。
有害物が適切に処理されなかったため、排水や排気ガスとしてあっちこっちへ広がっていってしまいました。
具体的に何がどうなったかというと……。
渡良瀬川から水を引くと稲が枯れるまでに
ガスの影響で酸性雨が降り、足尾銅山周辺の山は軒並みツルッパゲになりました。
木がなくなると地盤が弱まるため、ハゲた山が崩落。
大雨が降れば、それまで山が蓄えてくれていた分の水がいっせいに大洪水を起こすという――自然のイヤな連係プレーがおきてしまいました。
地元の新聞が「あの山大丈夫か」という記事は数回書いています。
この時点では誰も対策を考えていませんでした。
実は考えていた節もあり、当時の知事が「下流の渡良瀬川は銅の毒でやばいから魚を取るな」という命令を、民営化の3年後に出しています。
それなら排水をなんとかしろと思うのですが、明治維新=近代化においては富国強兵政策のため「魚が食べられない? それじゃあケーキでも食べれば?」ってな調子……。
いよいよヤバくなってきたのは、周辺地域の田んぼに異常が現れてからでした。
渡良瀬川から水を引くと、稲が枯れてしまうというのです。
植物は水がなければ育たないのに、その水のせいで枯れるとか意味がわかりませんよね。
当然農家の方々は大激怒。
「オラ達の田んぼをどうしてくれるんだあああああ!」
抗議の声を上げますが、銅山側は「だってそうしないと銅が使えないし」と取り合ってくれません。
当然そんな水を飲んだり料理に使うこともできませんから、まさに死活問題でした。
正造はこのあたりから鉱毒事件に関わってきます。
国「調査します!」住民「いつ?」国「調査してます!キリ」
まず田中正造は、現地で被害状況を確かめ、できたばかりの衆議院で鉱毒事件について話題にしました。
しかし政府はしらんぷり。
待っていても一向に対策が取られないため、農家の人々は直接東京まで行って訴えました。
担当大臣に会っても一向に良くならず(調査委員会は作ってくれたようですが)何度も東京へ出かけていくことになります。
鉄道は既にありましたが、田んぼがダメになってしまっては収入もなく、運賃が高くてとても使えません。
現代であればデモ行進のようなものでしょうか。
政府はなかなか具体的な対策をしてくれませんでした。
その間にも鉱毒の被害はどんどん広がります。
渡良瀬川が利根川・江戸川に繋がっているからです。
現在の千葉県市川市行徳付近や、茨城県の霞ヶ浦あたりまで大なり小なり鉱毒の被害を受けたといいますから、さすがの政府もシカトしきれなくなりました。
それでも調査委員会が置かれただけで、実質的な対策は「民間企業」に任せたまま。
正造は「このままじゃ国が滅びますよ! 作物も飲み水もダメになってるのにこれ以上放置する気ですか!」と繰り返し議会で発言しますが、当時の総理大臣・山県有朋の返事は「お前何言ってんのかイミフだわ」とまぁ、こんな調子でした。
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もはや、これ以外に道無し――。
田中正造は自らの命を賭け、ついに最後の行動を決意します。
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