いったい今年はどれだけの被害となるのか――全国で熊(ツキノワグマとヒグマ)による被害が連日ニュースになっております。
環境省の発表をまとめた読売新聞オンラインによると、2025年9月までの出没件数は20,792件。
過去最悪とされた2023年通年の24,348件を大きく上回る見通しであり、今年は年間3万件を超えても不思議ではなく、9月までの死者数はすでに12名を数え2023年通年の倍以上となっています。
怖いのは、今後「穴持たず」の存在も懸念されていることでしょう。
「熊は、冬場になればどうせ冬眠するんでしょ?」
と思いきや、空腹のため冬の山野をうろつく「穴持たず」という個体がいて、非常に凶暴化する傾向が強いことから、古くから恐怖の対象となっていました。
実際、凄まじい事件が起きています。
今から110年前、大正四年(1915年)12月9日に北海道で起きた「三毛別羆事件」です。
「人里に降りてきた可哀想なクマさん」なんて言葉ではとても片付けられない、獰猛かつ狡猾なヒグマが北海道の集落を襲い、女子供を中心に7名の死者と3名の重傷者が出たのです。
行政だけでは対処しきれず、最後には陸軍まで出動することになったこの惨劇。

いったい、どのように始まったのか?
人々は、どうやって対処したのか?
できるだけグロい表現は避け、時系列に沿って当時を振り返ってみましょう。
巨体過ぎて冬眠できない「穴持たず」
事件の舞台は、北海道苫前郡苫前村(現・苫前町古丹別)というところです。
札幌と稚内のだいたい中間地点にあたり、現在は「三毛別ヒグマ事件復元地」として羆と家屋の模型が設置されています(上掲の写真がそうです)。
もちろん当時は行政機関・警察機能も整っておらず、住民の家もごくごく簡素なものでした。
これが、この事件を大きな悲劇にした一因でもあります。
事件発生前、11月頃から尋常でない大きさのヒグマがうろついていることは知られていたそうです。
マタギが追いかけたこともあったらしいのですが、仕留めることはできず「巨体過ぎて、冬眠する穴を見つけられなかったのではないか」という推測が生まれました。
そういうヒグマのことを「穴持たず」といいます。
冬を乗り切るため、少なくなった食料を探すため、気性が荒くなるということも知られ、この時点では対策の仕様がありませんでした。
そして12月9日から、この巨大ヒグマが家々を襲い始めます。
冗談抜きでR18-Gなので、できるだけ端的にダイジェストでお送りしますね。
ヒグマは女子供ばかりの家を襲った
12月9日
旦那さんが留守にしていたとある家で、たまたまその家に預けられていた少年がまず犠牲に。
追い払おうとした奥さんも被害に遭う。
その日のうちに村中へこのことが知らされるが、日が落ちるのが早い季節のため、他の住民は500mほど離れた別の家に集まるくらいしかできなかった。
12月10日
30人ほどの男性がヒグマ討伐に向かうが、持っていた鉄砲がうまく撃てず、仕留めるには至らず。
前日被害に遭った奥さんの遺体が雪の下から見つかる。
これはヒグマが遺体を保存食にしようとしたためだった。
夜、犠牲者二人の通夜が営まれ、通夜後の食事の席に同じヒグマが現れる。

三毛別羆事件復元地
皆、このときは梁の上などに逃げて助かった。
狡猾なのか、それとも味をしめたのか、このヒグマは次に女子供ばかりの家を襲った。
子供三人、妊婦一人と胎児が一人亡くなり、三人の重傷者が出ている。
頭をかじられながらも逃げたある女性によって、村の男性たちが呼ばれたが、助けることはできなかった。
それでいて、失神して倒れていたまた別の女性は無事だった。
ここまでで死者7名・重傷者3名(重傷者のうち1名は後日死亡)。
包丁一本でヒグマを倒した猟師が到着
12月11日
住民がもう少し離れた場所に避難。
区長や駐在所の警察官などと相談して、行政を頼ることになる。
12月12日
北海道庁に連絡が届き、警察官を主体とした討伐隊が組まれ、医師も現地に向かう。
ヒグマの「獲物を取り戻そうとする」習性を利用し、まだ通夜を済ませていなかった犠牲者の遺体周辺で待ち伏せることになった。
件のヒグマは予想通り現れた。
しかし、武装した人が多いことを悟ったのか、襲ってはこなかった。
12月13日
陸軍からも応援が到着する。
ヒグマは無人の村の食料を漁り、女性の寝具などを荒らしていた。

三毛別羆事件
この日からヒグマは昼間から村に現れるようになり、焦れてきていたらしい。
一度討伐隊が撃ちかけたものの、仕留めることはできなかった。
12月14日
かつて包丁一本でヒグマを倒したという凄腕の猟師が到着する。
軍帽やロシア製ライフルを持っていたそうなので、日露戦争時には従軍していたと思われる。
討伐隊が再びやってくる前に、この猟師がヒグマの背後から心臓と頭を撃ち抜いた。
同様のヒグマ事件はまだまだ起きていた
仕留めた後に大きさ・重さを調べたところ、
体長2.7m
体重340kg
という、規格外のサイズだったことが判明しました。
また、体に比較して異様に頭が大きかったとか。
脳が大きいから頭がいいとは限りませんが、事件の経緯からすると納得できてしまいます。
ヒグマの遺体は犠牲者の供養のため、解体した後に猟師や遺族に配られたそうですが、筋っぽくて美味しくはなかったとか。
他の部分=毛皮や骨は行方不明になってしまったそうです。
仕留めた直後は討伐隊に文字通り踏んだり蹴ったりされていたとのことなので、残しておきたくもなかったのでしょう。
こうして三毛別における惨劇は幕を閉じましたが、実はこの前後にもヒグマによる同様の事件が起きています。

絶対に遭遇したくない巨大ヒグマ4選
明治十一年(1878年)に起きた札幌丘珠事件では死者3名・重傷者2名。
大正十二年(1923年)の石狩沼田幌新事件では死者4名・重傷者3名が出てしまいました。
軍が出るほどの事件だったのに、同じような悲劇がまた起きているあたりに何とも言えないモヤモヤを感じてしまいます。
他の歴史上の出来事でいうと、西南戦争の翌年から関東大震災の年なので、手が回りきらなかったのかもしれませんが……。
現場付近にはこの一件を後世に伝えるため、資料館が作られているのですけれども、今もヒグマが出るそうなので、現地よりも資料等を通して調べるほうが良いのかもしれません。
三毛別羆事件も“復元模型”が設置されていて、5月上旬~10月末まで無料で開放されていますが、地元の北海道苫前町公式サイトでは、今も熊が出没するため注意喚起をしております。特に夜間は危険とか。
なお、巨大なヒグマは、事件から半世紀たってもたびたび発見されています。
【絶対に遭遇したくない巨大ヒグマ4選】
・1980年 体長2.4m 体重500kg 通称「北海太郎」
・2007年 520kg
・2011年 405kg
・2015年 400kg
ちなみに400kgがどのくらいの重さか?
というと、だいたい近年の横綱2.5~3人分ですので、一般人が太刀打ちできるわけありません。
しかも全速力で60kmとのスピードを出すともなれば、車の中にいても危険でしょう。
※他にイメージしやすい比較対象が思いつかなかったので横綱を引き合いに出しましたが、相撲及び関係者への他意はございません
ヒグマによる死傷事故は一年中起きている
ヒグマの目撃情報や被害が増え始めたのは、何も今年からではありません。
2000年代に入った頃から、駆除の規模が小さくなった影響が大きいようで、近年に生まれた個体は人間を恐れず、食べ物を求めてやってくるのでは?と見られています。
かなり飢えている個体だと火や刃物も恐れず、侵入防止を図るのは難しいのが現実。
ヒグマによる死傷事故は、冬場以外の季節でほぼ起きています。
一定の効果があるとされる電気柵は畑を囲んで守るならまだしも、市街地への侵入を防ぐため山林との密接地域すべてに設置するなど、とても現実的ではありません。
2021年6月にはメディアに追いかけられたヒグマが自衛隊の駐屯地に入って大暴れした様子が映像に映し出されてましたよね。
あるいはOSO18と呼ばれてワイドショーでも話題になったヒグマは身長2.2m・体重330kgという巨躯なだけでなく、非常に狡猾で、2019年から牛を60頭以上も殺し、2023年にようやく駆除されました。
季節的には、気性が荒くなる春の冬眠明け・秋の冬眠前に事故が多く、山菜採り・きのこ狩り・自然の深いところでの釣りは、慣れない方は避けたほうがよさそうです。
地元の方以外は「どうしてもヒグマの生息域に立ち入らなければならない」という必要もないでしょう。
熊による被害事件:2025年度版
今年はヒグマだけでなく、ツキノワグマによる殺害事件も発生しています。
主なニュースをまとめておきましょう。
2025年8月14日 北海道羅臼
世界自然遺産で知られる知床半島・羅臼岳登山道で下山中の男性(26歳)がヒグマに襲われ死亡。
同行者の通報を受けた駆除隊が出動して、親子グマ3頭が射殺された。地元には「なぜ殺したんだ?」という心無い苦情も多数入る。
2025年7月12日 北海道福島町
北海道南部の福島町で、新聞配達中の男性(52歳)がヒグマに襲われ、藪の中に引き込まれて死亡。
住宅街で起きた驚愕の出来事に、北海道で初めて「ヒグマ警報」が発令され、住民に警戒を呼びかけた。
2025年10月24日 秋田県東成瀬村田子内
集落で男女4人が相次いでツキノワグマに襲われ、一人が死亡、他の3人も重傷を負う。
助けに向かった住民も被害に遭ったとみられ、猟友会員が駆除した。
2025年10月21日 山形県小国町
ニワトリ小屋が襲われ、食べる様子が撮影される。
被害にあったのは「やまがた地鶏」のひなで36羽のうち34羽が食され、別の鶏舎でも被害があり約150羽が犠牲になっている。
ツキノワグマ2頭による被害と推測。
岩手大学の山内准教授によると、最初はニワトリのエサに釣られてニワトリそのものを食べるようになり、今後、複数頭による常習化が懸念されるという。
2025年10月17日 岩手県北上市
瀬美温泉の旅館で働いていた男性スタッフが失踪、山林で血痕と共に倒れている姿が発見された。
駆除されたツキノワグマの胃から被害者と思しき組織片が検出されている。
★
まだまだ例を挙げれば数え切れないほど今年は本当に熊被害による事件が多いです。
冬場はさすがに……とは思いますが、前述の通り「穴持たず」の懸念もございますので、慣れない土地へ出かけるときには、事前に自治体のサイトなどを確認するなどご注意ください。

よくある質問(FAQ)
以下、ヒグマに関する疑問をまとめました。
北海道苫小牧市の公式サイトにある「ヒグマによる事故防止のために(作成:北海道胆振総合振興局保険環境部環境生活課)」を参考にしております。
同マニュアルによりますと、ヒグマと実際に出会うことは稀としながらも、ひとたび遭遇すれば危険であることから注意喚起をしておりますので、よろしければご確認ください。
ヒグマと出会ったらどうすればいい?
とにかく落ち着いて状況判断から。
向こうが気づいていないなら、静かに立ち去る。
目があっても、背中を見せて走って逃げるとヒグマが興奮して追いかけてくる危険性があるので、刺激せず、ヒグマの目を睨み続けながら、ゆっくりと後退する。
大声や石投げは逆効果になることがある。
危険な時間帯は?
早朝や夕方から夜間にかけて活動が活発になりやすい。
実際、ばったり出会ってしまう時間帯は薄暗いときが多く、人の目では発見が遅れてしまうことも。
熊撃退スプレー(唐辛子入)は効く?
有効射程が4~5mのものが多いので、距離に気をつけながら噴射。
風向き次第では自分のほうにスプレーが来てしまうので状況によっては控える。
事前の練習が必要。
子グマは大丈夫?
絶対に近づいてはいけない。
好奇心の強い子グマは向こうから近づいてくる可能性もあるが、不用意に近づくと母グマの攻撃を受ける。
犬を連れていれば大丈夫?
犬の匂いや鳴き声で事前に熊を遠ざけるという声も聞かれるが、同マニュアルでは、ヒグマを興奮させ、かえって危険と指摘されている。
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長月 七紀・記
【参考】
木村盛武『慟哭の谷 北海道三毛別・史上最悪のヒグマ襲撃事件 (文春文庫)』(→amazon)
三毛別羆事件/wikipedia
石狩沼田幌新事件/wikipedia
札幌丘珠事件/wikipedia
エゾヒグマ/wikipedia
ヒグマ研究室(→link)




