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【ドラマ『パリピ孔明』解説】
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千里行
前園の妨害を受け、小林は「千里行」だと諸葛亮に語ります。
「関羽千里行」のことです。
劉備の義弟である関羽は、曹操陣営に捕虜となってしまいます。関羽を気に入った曹操は、高待遇で引き抜こうとします。しかし兄を裏切れぬ関羽は曹操陣営を脱出し、劉備の元へと戻ろうとします。
このとき、関羽を引き止めたい曹操は猛将を配置。関羽はそれを突破し、千里の道を突破し、劉備のもとへ戻るのでした。
それほど大変だということです。この逸話は昔から愛されており、ドニー・イェン主演映画にもなりました。
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長坂の趙雲
そんな千里行状態の英子を救出するのは、ミア西表です。
ここで小林は、かつて魏の名将・張遼にたとえたミア西表を、実は趙雲だったと褒め称えます。
【赤壁の戦い】の前、劉備軍は曹操軍の追撃を受け、絶体絶命のピンチ【長坂の戦い】に陥りました。
そんな中、劉備の妻子までもはぐれてしまいます。劉備の子である阿斗を抱えて駆け抜け、見事に守り抜いたのが趙雲でした。
英子が阿斗ならば、ミア西表は趙雲ということですね。
徐庶
小林がいう「徐庶状況」とは、母が曹操軍に捕まったため、曹操陣営に仕えるしかなかった徐庶のことを指します。
人質を取られるなどの事情により、思うように動けない状況をさします。
月明らかにして星稀なり
月明らかにして星稀なり。
月が輝けば星が見えにくくなる。大英雄の前では、雑魚はしぼむってこと。
出典は曹操「短歌行」です。
サマーソニアという決戦の場で、鮮やかに歌い踊る前園ケイジ。
しかし彼は曹操にオマージュを捧げているため、敗北することとなります。その契機がイーストウエスト(東南)の風。偽りの降伏してきたKABE太人のせいでした。
前園ケイジはアニメには登場せず、原作とドラマ版に出ています。
原作では小柄で細身、シャープです。横光三国志や人形劇版に似ています。日本風曹操像ともいえます。
曹操は小柄でブサメンというのが本場中国定番の描き方でした。
しかし日本で決定版と言えるほどの吉川英治版では、鳳眼(ほうがん、鳳凰の目のように細いという意味)でシャープなイケメン。色白、漆黒の髪、中肉で、若い頃はなかなかの美少年とまで描写されます。
これが日本独自の曹操像となりまして、横光版や人形劇もそうなっております。原作版の前園ケイジもこうした曹操像に準拠しております。
ただし、映像化となればまた話は違ってくる!
本国でも京劇ともなると、曹操役は変わる。白塗りで陰険そうなメイクで、大柄な役者が演じます。演劇や映像作品ともなると迫力が欲しい。高い身長の曹操でも、そこは許容範囲です。
ドラマ版はマッチョでむしろ大柄になりましたが、映像化ゆえの迫力を踏まえるのであればよいのです!
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槊を横たえて詩を賦す
『演義』の赤壁の戦いでは、曹操は『文選』にも収録された代表作「短歌行」を歌い上げつつ、盛り上がる様子がお約束です。
『正史』ではいつこの作品を詠んだのか、不明です。
ただし後世、北宋の政治家にして詩人、トンポーローの生みの親伝説まである蘇軾が「前赤壁賦」でこう詠みました。
槊(ほこ)を横たえて詩を賦(ふ)す
武器を横たえて詩を詠むなんて、マジ曹操ぱねぇわ!
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このことから「短歌行」と赤壁は結びつけられ、戦う前に歌い踊ってテンションを上げる曹操が定番となります。
名場面でハイテンションで歌う曹操は印象的でして、そういうノリノリぶりが前園ケイジに反映されているとすれば、ばっちりです!
この曹操は絵の題材とされ、赤壁を訪れた蘇軾、そこで詠まれた曹操の姿は月岡芳年「月百姿」でも描かれています。
曹瞞伝
曹操が歌うのはありなのか? というと実は諸葛亮よりそれに近いのではないかとも思われます。
曹操は敵から憎まれており、『曹瞞伝』という呉によるアンチ本があったとか。
曹瞞とは「曹の嘘つき野郎」というストレートな罵倒です。
そこによれば、曹操はチャラいヤツでした。
曹操、あいつマジありえねーすよ!
ピタッとした服を着て、ポーチに色々物入れて持ち歩いててさあ!
現代人からすればそれの何が悪いのかわからないかもしれませんが、諸葛亮を思い出しましょう。
上流階級の人はむしろゆったりした服を着ることがマナー。曹操はそんなもんお構いなし。
前園ケイジのピタピタ短パンと毛皮は、現代版曹操といえるのかもしれませんね。
おまけに音楽がチョー好きで、バンド演奏させてずっと聴いてんだよ!
いいから真面目にしていろというツッコミのようです。
曹操は詩人としても中国文学史に名を残しております。当時の詩はメロディをつけて歌うもの。おまけに彼は音楽も大好き。
妻・卞夫人はシンガー(歌妓)出身です。
人をすぐおちょくってさ、ズケズケ物を言い過ぎでさ。
テンションあがると皿に頭突っ込むほど爆笑してんだよ。威厳ってもんがねーの。
こうしてみてくると、型破りで可愛いところもあるように思えますね。気取りと無縁の性格のようです。
いかがでしょうか、実写版でなんだかカワイイ、完敗して膝を抱えてシュンとした姿に愛くるしさすらあった前園ケイジって、曹操にオマージュを捧げていると思えてきませんか?
学ぶにあらざれば以て才を広むるなく、志あるにあらざれば以て学を成すなし
完敗し落ち込んでいる前園に、諸葛亮はこう言います。出典は『誡子書』です。諸葛亮が我が子に諭した書です。
学ぶことで才能は開かれる。その志がなければ、学問が完成することはない――そう諭しました。
前園ケイジは、小林への復讐心で勝ち上がろうとしました。彼はゴーストライターを用いたとはいえ、中身がないわけではありません。
歌もできる。踊りは最高。あの肉体美、カリスマ性! そこに偽りはありません。
曲作りさえ学べばきっと再起できるはず。そうどん底にある宿敵を諭す諸葛亮は、確かに前世よりも丸くなったように思えます。
ちなみに、そんな諸葛亮が見守ってきた月見英子。彼女の名前は諸葛亮の妻である黄月英が元になっています。
本国でも受け入れられる、日本による三国志魔改造最新鋭として
「日本人なんですけど、中国の歴史が好きです」
本場の方にこう言うと、『三国志』だろうと返ってきます。これはもう江戸時代からの伝統です。
『三国志演義』は文体がかしこまっています。格調高いといえばそう。クラシカルな文体です。日本の漢文読解は唐までの文語特化型ですので、読み易いのです。
同時期にベストセラーであった『水滸伝』といった作品は、くだけだ文体過ぎて読みにくい。そのため翻訳が遅れ、ブームの到来は江戸時代も折り返しを過ぎてからになります。
そんなわけで早くから庶民にまで愛されてきた『三国志』。自由気ままな魔改造の歴史も長い!
真面目なお勉強の題材としてだけではなく、さまざまな娯楽のモチーフともされてきました。
日中関係の影響も受けます。「脱亜入欧」が叫ばれる明治以降には見方も変わってきます。
諸葛亮は軍歌「星落秋風五丈原」がなまじヒットしたために、名誉日本の英雄扱いされてしまいました。
現代人からすれば理解に苦しみますが、いわばジャイアニズムです。
日本はアジアの盟主だから、中国の英雄も俺のもん! そんな理屈ですね。
同じ枠には南宋の忠臣・文天祥もおりますが、彼は娯楽作品では取り上げられにくい人物であるためか、今は知名度がかなり下がってしまいました。
吉川英治『三国志』も、不幸な受容がなされてきました。日中戦争で従軍する兵士が手にして、ガイドブックのような読み方をされたこともあったのです。
そんな不幸な戦争が終わり、日中の国交は断絶します。
そこでまたもや『三国志』の出番です。横光三国志は、日中国交正常化を見据え、日本の子どもたちが中国を理解することも目的のひとつとして描かれました。
コーエーテクモゲームスの『三国志』もの。そしてたくさんの漫画。海を超えて、本場にもこうした作品は届いてゆきます。
日本による『三国志』の解釈はもはやおなじみ、海を超えて愛されるモノ。受け入れられるかどうかは、敬意と愛、その出来次第。
スタッフが『三国志事典』『三国志演義事典』を持ち歩き、渡邉義浩先生が考証をつとめるこのドラマは、愛にあふれています。原作もアニメも、すでに国際的に人気です。
実写版もきっとそうなることでしょう。さあみなさん、孔明とともに、これからも天下泰平の世をめざすのです!
「待てあわてるな」日本人は天才軍師・諸葛亮(孔明)をどう見てきたのか
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【TOP画像】ドラマ『パリピ孔明』公式サイト(→link)より引用
【参考文献】
渡邉義浩『三国志事典』(→amazon)
渡邉義浩/仙石知子『三国志演義事典』(→amazon)
ちくま学芸文庫『正史 三国志』全8巻セット(→amazon)
興膳宏/川合康三『精選訳注 文選』(→amazon)
井波律子『三国志名言集』(→amazon)
井波律子『三国志演義』(→amazon)
渡邉義浩『三国志 演義から正史、そして史実へ(中公新書)』(→amazon)
渡邉義浩『孫子―「兵法の真髄」を読む 』(→amazon)
渡邉義浩『魏武注孫子』(→amazon)
佐藤信弥『戦乱中国の英雄たち』(→amazon)
吉川英治『三国志』全巻(→amazon)
他