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週刊武春 WWⅡ

70年前ならSAY YES! 覚醒剤は第二次世界大戦で公然と使われていた

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武将ジャパンのスタンスはもちろん覚醒剤ダメ!ゼッタイ!なのですが、歴史というものは、今の価値観が常に過去も同じということはあまりなく……。

近現代軍事史研究家のtakosaburouさんの緊急寄稿です。

チャゲアスの片方が覚醒剤使用容疑で捕まって、連日の如くASKA容疑者と連呼されていますが、アレって何とかならんのですかね。

宮崎重明容疑者でエエやん。世の「あすか」という名前の人が不愉快な気持ちになっているだろうに。ワタクシメのブログでそう書いた所、フェイスブックのフレンドさんから賛意を頂きました。 

で、ついでだから、緊急企画として覚醒剤の歴史について調べて見ました。

 

ナチスが喘息の薬に注目し兵士に

hubpages.comというサイトによると、次のような歴史があったそうです。

覚醒剤に該当する英語の表現は多々ありますが、一般的にはAmphetamineになりましょう。元々は欝病の治療などに使われていた中枢神経の興奮剤だったのです。

1887年に合成に成功していたものの、製薬業界が注目し出すのは1920年代になってから。

「そんなもん、注目せんでもエエやろうに」とお怒りの読者もおられましょうが、当初は喘息の治療薬の1つとして、「ベンゼドリン」という名前を付けられ、大真面目かつ合法的に使われていたのです。

ところが、です。長期治療を余儀無くされる人は、当然の事ながらベンゼドリンを長きに渡って使う訳で、次第に「あっ、これ気持ち良いかも」というイケない目覚めをしてしまいました。注意力や集中力が高まるし、空腹感も覚えなくなる。そして痛みとかも緩和される。

「エエ事ずくめやん」と早合点してしまったのですね。クスリには副作用があると言うのに…。

こういう使われ方自体が既に問題なのですが、よりによってドイツのベルリンで、テミエール・ウェルケ社が1938年にペルヴィチンという名前で改良した処方薬として売り出したのです。 

賢明な読者の皆様はお気づきでしょうけど、翌年に第二次世界大戦が勃発。お約束と言うか、トホホと言うか、そうなるとナチスが目を付けます。 

「これ、兵士に使わせよう」

 

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開戦当初の1作戦に3500万錠投入!

ドイツ軍ではテストを重ね、1939年9月のポーランド侵攻で早くも「実戦配備」。特にパイロットや戦車兵、輜重のトラック運転兵などに使わせていたとの事です。確かに、こういう部署の兵士は、寝ずに軍務をこなさねばならない場合があるし、上層部にしたら「うってつけじゃないか」と思ったのでしょう。

一方、民間の市場からはペルヴィチンを引き揚げさせます。製造量の問題でもあったのでしょうか。ともかく、翌年の1940年のフランス侵攻作戦(いわゆる電撃戦)で、国防軍や空軍の兵士に3500万個もの錠剤として配給されていきます。

さっ、さんぜんごひゃくまんって、怖すぎ!

 

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早くも出たぞ! 中毒兵士の問題がっ!!

ハイ、賢明な読者の皆様はお気づきでしょう。「オイオイ、中毒になる兵士が出ている筈だろ」。その通りです。即座に出ていました。

常用していた兵士の間から、モノをガリガリ囓ったり、マナーが悪くなっていったそうです。そしてお約束の中毒症状を見せ始めます。

アホというか何と言うか、そうなって初めて軍上層部も「これヤバイんでねえの」となり、方針を180度転換。1941年春には大っぴらに使う事を禁じます。もっとも、完全に禁止された訳でなく、やむを得ない場合などにのみ使わせていたようです。

実際、独ソ戦が始まった翌年の1942年1月には、500名のドイツ軍兵士がソ連赤軍の包囲網を突破する際に軍医の指導の下で使用していた記録が残っています。

「豪雪で零下30度。6時間の行軍後、多くの兵士は倒れる寸前だった。肉体の疲労は極限に達し、モラルも低下していた。何人かは雪の中に倒れ、死を迎えるばかりとなっていた。そうした兵士にペルヴィチンを処方した所、30分もしない内にみるみる回復した。集中力や判断力を取り戻したのだ。倍の錠剤を処方した兵士の方が注意力を高まっていた事に軍医は注目していた」

…戦死したり、雪の中で凍死する事を思えば仕方無かったのかなぁ。

 

となると、英陸軍も使い出す

一方、英国側も覚醒剤に注目するようになっていました。

最初は陸軍。何度か調査をしたものの、ある種の軍務に就いている兵士をシャンとさせられるかどうか、確信が持てなかったそうです。

で、そのまま「お蔵入り」させれば良いものを、今度は海軍が注目するようになります。潜水艦の乗組員らに配給させ、集中力を保たせようとしたのです。効用?を知った空軍でも、1942年には戦略爆撃機の搭乗員に使わせるようになります。

どうも、疲労回復というより、戦意を高める効果の方を重視していたようで、有名なエル・アライメンの戦いではバーナード・モントゴメリー将軍が配下の兵士に使用を許可していたそうです。

そうか、あの戦いはヤクが絡んでいたのか。近現代史研究を重ねて来たけど、初めて知ったぞ(汗)。

ちなみに、配給は5日おきで1回20ミリグラムだったそうです。サイトでは「結構な摂取量だが」と心配しています。味方を誤射した事例が少なくとも1件が確認されており、そこから「大丈夫なのか」と疑問視され始めていったそうです。大丈夫じゃねーよ。

その後、1943年になると空軍省の方で印刷物を配布し、覚醒剤使用の賛否について、次のように書き記していたそうです。

「覚醒剤を使用したら、誰もが戦場で完全なコントロールが利き、休息を取らずして任務を続けられると思い込んでいる。当人自身は全能感に浸っているが、実際にはありとやらゆる失策をしでかしているのが現状だ」

だったら、止めさせなさいって。

 

イギリス「ヤバイかも」→アメリカ「それイイネ!」

英国側が「ヤバイんでねえの」なモードになっているのに、アメリカ側も妙な乗り気を示すようになります。

当初は「コーヒーに入っているカフェインがあれば十分だよ」と鷹揚だったのですが、調査を重ねて「イケる」と勘違い。1943年2月に陸軍補給廠が、最初に書いたベンゼドリン5ミリグラムを配給。連合軍最高司令官だったアイゼンハワーも、北アフリカの部隊に50万個もの薬剤として「一刻の遅れも無く」配給するよう命令を下しています。主に陸軍兵士と航空隊、そして海兵隊に使わせていたようですね。

そして、負の遺産が。戦後も10年間ほどは合法な処方薬として使われていたものの、矢張り危ないぞとなり、次第に用途が制限されていきます。それでも忘れられなくなった人達の間で、終わりなき大流行が今なお続いている訳です。

日本でも、海軍のパイロットなどに使われ、戦後は戦後で「寝ないで勉強するのに最適だぁ!」と、受験勉強の必須ツールになっていた時期がありましたが、禁断症状による犯罪が続発するようになると、戦時中のナチス同様、方針大転換で禁止措置に。

ちなみに、ワタクシメの年長の知りあいの方は「アレを受験勉強で使った友達が中毒になってなぁ。近所の池に幼児を投げ込んで殺して刑務所に行きよったわ」と、生々しい体験談を語って頂いた事があります。

だから絶対に使ってはあきませんと言いたい所ですが、それでも使用したい人が後を絶たず、色々と事件が起きてしまっているんですなぁ。その意味で、宮崎容疑者は戦争の犠牲者と言えなくも無し。やっぱり戦争はアカンのですよ。

takosaburou・記

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記事の続報→「芥川、シャネル、モンロー、プレスリー…クスリで死んだ著名な歴史上の10人」

 

 





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