モンゴル相撲ブフ

モンゴル相撲(ブフ)/photo by hu:Burumbátor Wikipedia

アジア・中東

最古の歴史は9,000年前だと!モンゴル相撲「ブフ」強さの秘訣は伝統か

2025/03/11

『なぜモンゴル出身の力士はあれだけ強いのか?』

最近の日本の相撲を見ていれば、誰もが一度はお持ちになる疑問でしょう。

今や横綱のほとんどがモンゴル出身力士という印象があり、白鵬に関しては優勝回数の記録まで塗り替えました。

そこで時折話題となるのが「ブフ」。

日本では「モンゴル相撲」として知られる同国の伝統競技です。

※モンゴル相撲の様子

朝青龍や白鵬の親兄弟も活躍していたブフの一体何がスゴいのか?

歴史や規模はどれほどか。

昭和60年(1985年)3月11日は、モンゴル出身の関取でも圧倒的な成績を誇る、白鵬(現・宮城野親方)が生まれた日。

本稿では、モンゴル相撲の歴史や基本ルール、日本との違いを見てみたいと思います。

※以降、本稿における「ブフ」と「モンゴル相撲」は同じ意味で使用させていただきます

 


日本1,500年 モンゴル9,000年以上の歴史

まずはモンゴルの前に、日本の相撲の歴史を簡単に振り返ってみますと……。

これがかなり長い歴史を有していて、おそらく古墳時代から存在していました。

土器や埴輪に相撲の装飾が施されていたり、垂仁天皇に絡んだ逸話が『日本書紀』に掲載されたりしてまして。

正式な記録は奈良時代になりますが、古墳時代からざっと見積もると1500年ほどの歴史となります(詳細は以下の記事へ)。

相撲の歴史
明治維新で滅びかけた相撲 1500年前に始まり意外の連続だったその歴史

続きを見る

では、モンゴル相撲は?

あくまで一説ですが、ブフの起源は……なんと「紀元前7,000年の新石器時代まで遡る」とされていて……思わず絶句……。

モンゴルのバヤンホンゴル県で発見された同時代の洞窟壁画に、

「二人の裸の男性が取っ組み合い、周囲に群衆が集まっている様子」

が描かれているのです。

あくまで一説ですが、これがもし事実であれば紀元後も含めて計算すると9,000年以上の歴史になるワケですから、とにかくもう衝撃というほかありません。

 


中国では秦の時代にも記録あり

次の記録は、時代が進んで紀元前2世紀。

中国が秦の時代だった頃にも、匈奴(きょうど・紀元前4世紀~起源5世紀の遊牧民族)の遺跡で、ブフに取り組むモンゴル人祖先というのが確認されています。

乗馬術、弓術、そして格闘術(ブフ)。

匈奴の戦士にとって必須のスキルとして、彼らがモンゴル相撲で鍛えられていた様子もうかがえるのです。

個人的に『日本の相撲が最も古い』と思い込んでいただけに、勝手ながら軽く目眩を覚えました。

なおモンゴルでは、現在まで続いているナーダム(国民行事であるスポーツ大会)においても、この3競技が実施されておりまして、古い伝統が今なお活きているんですね。

モンゴル・ナーダムの様子/Wikipediaより引用

ちなみに文治5年(1189年)。

源頼朝による上覧相撲で実施された競技も、競馬(くらべうま)、流鏑馬、相撲でした。

このころからモンゴルでは世界を席巻するチンギス・ハーンの時代となり、ブフが軍事訓練の一環として盛んに行われていたことが『元朝秘史』等の記述からもうかがえます。

ブフの様子が描かれた絵(16世紀)/Wikipediaより引用

圧倒的な強さを誇ったモンゴル軍の軍事教練だったと考えれば、モンゴル相撲が強いのも納得できますね。

騎馬だけでなく体術的にもワールドクラスの強さ、歴史の裏付けのある強さだったことがわかります。

 

近代化こそ遅れたものの規模は圧倒的!

では、国民的な競技へ発展するために、ブフはいつ近代化されたのか?

というと、これが意外に遅く、スポーツとして整備されたのは20世紀後半、1978年からのことです。

1997年にはリーグ制度、1999年には賞金制度が導入されておりますが、近代化に関しては日本と比べて大幅に遅れているという印象です。

もっとも、日本の相撲界も旧態依然とした体質が大きく問題視され、今なお騒動の渦中にいることは皆さんご存知でしょう。

更に規模の観点から見ても、モンゴルのほうが圧倒的に上です。

2011年時点での、モンゴル相撲は6,002人が所属。

世界最大規模の格闘技団体として、ギネスブックに登録されています。

モンゴルの「相撲宮殿」・日本で言えば「国技館」のような施設です/Wikipediaより引用

一方、日本の力士が、例えば2015年7月時点では659人ですから(参照)、約9~10倍もの大きさになるんですね。

そりゃあ素質を持った選手も多く出てくるというもんでしょう。

ただし、日本には土俵があって(モンゴル相撲には無い)、体重が重い方が単純に有利という一面もあり、誰もが望んで力士になれるわけじゃなく、さらにはレスリングや柔道など他にもお家芸があって、競技人口が分散しやすいという側面もあります。

まぁ、その辺を考慮しても、ブフの層の厚さには驚くばかりですが。

では、競技における共通点や違いも見ていきましょう。

 


ブフと日本相撲の共通点は?

ブフと相撲には、競技として多くの共通点があります。

・伝統的に戦士の鍛錬としての側面と、神事としての側面がある

・かつては特別な行事の際に、神々への奉納として行われた

・女性への禁忌

日本の相撲では土俵に女性はあがれませんが、ブフの場合、競技前に力士が女性と接触することすらも避けなければなりません。

ただし若い世代では伝統的に守られていないようです。

・ブフの階級名も独特

ガルディ(迦楼羅、ガルダ)、アルスラン(獅子)……カッコイイ!

※外国人から見たら「横綱・大関・関脇・小結」などもカッコイイのでしょう

・ローカルルールや大会がある

現在、主な団体は、モンゴル国のハルハ・ブフと、内モンゴル自治区(中国内)のウジュムチン・ブフに大別されます。

が、全国各地に地方ごとのルールがありました。

日本の相撲でも、江戸時代以前は各地で興行が行われていました。

※現在も寺社で相撲大会が行われることがあります

 

ブフと日本の相撲、ここが違う

共通点が多いブフと相撲。当然のことながら、異なるルール等もあります。

・土俵がない

ブフでは足の裏以外の体が地面につくことが勝利敗北条件となり、「投げること」「転ばせること」が戦い方の基本となります。そのためパワーよりもテクニックが重視されます。

自らはうまくバランスを取り、相手がバランスを崩すように仕掛けて、巧みに勝ち進むのが名人の技となります。

重要なのは柔軟性や体幹バランスと言ったところでしょうか。この辺の感覚は、相撲というより柔道に近いですね。

・「決まり手」の概念が異なる

ブフの場合、技とみなすものの中には勝敗の決着に関わらない動作も含まれており、「決まり手」という概念はありません。

勝敗の記録にも「どの技を使って勝敗が決したのか」と記載されるわけではありません

・技の数は無限大

日本の相撲は、四十八手と呼ばれる決まり手があります。

しかし、ブフの場合、その概念はなく、動作ひとつとっても選手ごとに細かい動きの差があり、選手の数だけ技があると言えるかもしれません。

日本の相撲におけるモンゴル人力士の強さも、その変に秘密がありそうですね。

型通りでないぶん、相手を倒す&押し出すための体重移動の感覚が大きく異なってくるはずです。

 

なぜモンゴルの勇者は強いのか?

チンギス・ハーンの時代、彼らの軍勢に敗北した国の人々は、きっとそう考えていたことでしょう。

平成の日本においても、同じ疑問は湧いてきます。

なぜ、モンゴル人力士はあんなにも強いのでしょうか。

様々な議論がなされています。

が、その秘密は、ブフと相撲の違いにあるのかもしれません。

前述の通り、投げ技が主体のブフでは柔軟性とバランス感覚が重視されます。

また、ブフとともにモンゴルで重視されている乗馬技術も、バランス感覚や筋力を鍛えることに適しているとされています。

以下のYoutube動画をご覧ください。

 

2015年開催のナーダム(乗馬・弓・相撲の三種競技)。

そのうち乗馬競技をドローンで撮影した様子ですが、彼らにはモンゴル相撲と同時にこんな激しい騎乗能力も求められるのです。

昔、雑誌Numberのインタビュー記事で、JRA騎手(たしか武豊騎手)がこんなことを仰られていたのを思い出しました。

「鍛えられたサラブレッドは、車で言えばF1みたいなもの。慣れてない人が乗ったら、まず間違いなく事故(落馬)して危険」

おそらくやモンゴルの馬は、サラブレッドほどのスピードは持っていないでしょう。

しかし、彼らが走るのは状態の悪いデコボコの荒野。まっすぐ進むだけで、相当、困難なハズです。

子供の頃からそれに慣れ親しんでいた選手たちが、いざ体重を身に付けて、日本の土俵に上がったらどうなるか?

今、私達はその結果をテレビで見ているところです。

あらためてモンゴル相撲をおさらいしてみますと……。

・起源は古くて新石器時代(9,000年前)から

・新しい記録でもBC2世紀頃から

・匈奴の時代から「生きるために」鍛え続けてきた伝統を受け継いでいる

そりゃあブフは強いっすわ! と、思わず唸ってしまいました。

日本人が相撲や柔道に矜持を持つと同様、彼らも悠久の歴史と共にブフへの敬意を抱いてきたのです。

かつて草原の覇者となったモンゴル戦士を鍛え上げてきた格闘技。

モンゴル相撲が強いのも、至極当然の帰結なのでしょう。


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【参考文献】
井上邦子『モンゴル国の伝統スポーツ―相撲・競馬・弓射 (スポーツ学選書)』(→amazon

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小檜山青

東洋史専攻。歴史系のドラマ、映画は昔から好きで鑑賞本数が多い方と自認。最近は華流ドラマが気になっており、武侠ものが特に好き。 コーエーテクモゲース『信長の野望 大志』カレンダー、『三国志14』アートブック、2024年度版『中国時代劇で学ぶ中国の歴史』(キネマ旬報社)『覆流年』紹介記事執筆等。

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