貧しい家の娘でありながら、王子と恋に落ち、妃に迎えられるシンデレラ。
女性の永遠の憧れと言われたのも今は昔、ディズニーですら王子を待ち続けるプリンセス路線を変更する始末です。
「そもそも美人じゃないとムリじゃん!」
「靴で探すとか、キモッ! 王子って小足フェチ?」
女性目線からだとそんなツッコミもありましょう。
しかし現実問題を考えると、
「シンデレラはむしろ、ミッションクリア後に待ち受ける困難がハードモードすぎる」
と指摘したいところです。
要は、ハッピーエンドを迎えることはできない。
なぜなら、そこには8つもの厳しい条件が待ち構えているからです。
1. 王子の身辺はクリーンである。間違っても他に婚約者がいてはならない
2. 舅姑はじめ一族が結婚を認めること
3. 婚姻に不満を漏らす他国や諸侯がいないこと
4. 国民がこの結婚に満足すること。そのためには品行方正で、常に身を慎まねばならない
5. 世継ぎを早急に確保すること。できれば複数
6. 王の寵愛が色褪せないよう目を光らせる。もしそうなってしまったら、自らの息がかかった従順な愛人を用意する
7. されど王の寵愛は適度に保ち、国政を放棄させないようにもせねばならない
8. できれば王の寵愛が衰えぬうちに、自分が先に死ぬこと!
さらには、死後、彼女の死を嘆いた王が美しい肖像画でもどどーんと飾り、その前で王と我が子が涙にくれていたら完璧でしょう。
それではこの条件をクリアできなかったら?
残念ながらバッドエンドが待ち受けており、それこそ史実ですと枚挙に暇がありません。
◆ディアーヌ・ポワティエは王の生前こそ絶大な権力を誇りましたが、庇護を失うと王妃カトリーヌ・メディシスに復讐されました
◆デュ・バリー夫人は惜しいところでしたが、判断ミスでギロチン送り
◆ローラ・モンテスは国民に嫌われ、国から追い出されました
この三人はシンデレラと違って王の寵愛を受けた「愛人」ではありますが、仮に正式な王妃ともなれば、さらに悲惨な運命を辿った人もいます。
本稿ではエリザベス・ウッドヴィルとドラガ・ルンエヴィツァ、この2名のリアルシンデレラストーリーを見て参りましょう。
※1903年6月11日はドラガの命日となります
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プライドが高すぎて愛人にはなれないの
エリザベス・ウッドヴィルは15世紀前半、イングランドに誕生しました。
彼女は苦労人のシングルマザーから王妃にまでのぼりつめた、中世のリアルシンデレラと呼べる女性です。
もともとヘンリー六世の宮廷で、王妃の女官をしていたエリザベスは、結婚し二人の子供をもうけておりました。
しかし時は薔薇戦争の最中のイングランド。夫はあえなく戦死してしまいます。
夫はランカスター朝に仕えておりましたが、ヨーク朝のエドワード四世が即位すると、敵だと見なされた息子たちは相続権を失ってしまいます。
財産もなく、手元には幼い息子たち。エリザベスに残されたのは、美男美女と名高い父母から受け継がれた美貌だけでした。
エリザベスが母のもとで失意の暮らしを送っているとき、エドワード四世が近くに滞在していることを知りました。
エリザベスは思い切って、直訴に及びます。
エドワード四世は精力的な若き王でした。
逞しい体躯、赤みがかったブロンド、そしてイケメン。多数の愛人と逢瀬を重ね、人々は王が近くに来ると、妻や娘を家の中に隠すとまで言われたほどです。
「陛下、哀れな女の頼みです、どうかお聞き入れください」
そんなプレイボーイの王の前に、絶世の美女が現れたのです。
「確かに窮状はわかった。領地を与えれば、何でも奉仕してくれるのか?」
「私にできることならば、何でもいたします」
「余を愛してくれ」
「愛します、愛します! 敬意をこめて忠誠を誓います」
「いや、そういう愛でなくて」
「どういう愛ですか?」
「つまりさ、えーっと。余とベッドを共にしない?」
「はぁ!? 絶対に嫌です。私は王妃になるには身分が低すぎるけど、愛人になるにはプライドが高すぎるの!」
こうしたやりとりを後世のシェイクスピアはじめ、様々な人が想像したのですが、当初のエリザベスが求愛を頑としてはねのけたは確かです。
光源氏は、自分をつっぱねた人妻の空蝉に対して「俺を断るなんてやりがいあるじゃん!」とメロメロになったものですが、プレイボーイというのは洋の東西を問わずそんなものなのでしょうか。
エドワード四世はかえって燃えました。
多くの愛人をさしおき、1464年、ついに子持ちの元人妻を王妃にしたのです。
しかし、これに有力貴族のウォリック伯リチャード・ネヴィルが激怒します。
「舐めとんのか、こっちがひそかにフランス王女との縁談をすすめていたのに、舐めとんのか!」
時は薔薇戦争の最中です。
ウォリック伯の支持を失い、エドワード四世は乱戦の最中に巻き込まれてゆきます。
彼は国内の内戦に完全な勝利をおさめないまま、1483年に病で崩御してしまうのでした。
ロンドン塔に幽閉された二人の王子は不可解な死
エリザベスは、エドワードとリチャードという二人の王子を授かっていました。
兄である王子がエドワード五世として即位するはずだったところに、横やりが入ります。
「エリザベス・ウッドヴィルの前にエドワード四世は別の女性と結婚していた。つまりは重婚であり、婚姻は無効。王子たちは庶子であり、王位継承件はない」
二人の王子はロンドン塔に幽閉され、不可解な死を遂げます。
「ロンドン塔の王子たち」は悲劇であり、未解決のミステリーであり、絵画の題材になりました。
エドワード四世の後、弟のリチャード三世が王位を継承するものの、彼は1485年に戦場で敗死。ヨーク朝は滅びます。
美貌を見初められ、王妃にまでのぼりつめたエリザベス。彼女はまさにシンデレラです。
しかしその代償はあまりに高く付きました。
ちなみにエドワード四世とエリザベスの結婚は、薔薇戦争をモデルにしたドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』にも影響を与えています。
作中、政略結婚ではなく恋愛結婚を選んだ北の王ロブ・スタークとその王妃タリサは、史実よりも悲劇的な結末を迎えることになります。
ただし……。
我が子二人が非業の死を遂げたとはいえ、エリザベス・ウッドヴィル自身は穏やかな老後を過ごしました。
成人した王女たちのうち、長女はチューダー朝の開祖・ヘンリー七世に嫁ぎました。
悲劇的な人生とはいえ、我が子は王妃、孫は王位についたのですから、そう考えればまだましかもしれません。少なくとも、惨殺という最悪のルートは逃れました。
歴史上には最悪のバッドエンド、クーデターによる惨殺エンドを迎えたシンデレラもいます。
美しきドラガの野望
1864年、ドラガ・ルンエヴィツァは、欧州セルビアの平民家庭に生まれました。
やがてドラガは、白い肌、つややかな黒髪、情熱的な瞳を持つ、妖艶な美女に成長します。
20才で最初の夫であるスヴェトザール・マシンと結婚しました。
しかし、結婚生活は僅か数年で終わります。夫は泥酔し、地下室の階段から転げ落ちて亡くなったのです。
ここで意気消沈していたら、シンデレラにはなれません。
ドラガは王妃ナタリア付きの女官として就職。聡明な彼女は、たちまち王妃の信頼を得ることに成功します。
1889年、退位した父にかわり、アレクサンダル一世が即位しました。
幼い王は王太后ナタリアを摂政としました。
アレクサンダルは無気力で、政治的な熱意と野心に欠けた少年王であると周囲は考えていました。
しかし成長に従い、彼は側近を罷免し、憲法を廃止する等、強権的な政治を行います。
さらに彼は母ナタリアの勧める結婚相手を全て断り、驚くべき決断をしたのです。
「余は美しきドラガを妃とする」
ドラガは王太后の女官として忠実に振る舞いながら、その陰で美貌と才知をもって若き王を籠絡していたのです。
国王とはいえ12才年下のアレクサンダルは、その誘惑に打ち克つことはできません。
王太后は激怒しました。
彼女にすれば飼い犬に手を噛まれたようなものです。
しかし時既に遅く、1900年、二人は結婚したのでした。
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