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1854年に描かれた『シャルル7世戴冠式のジャンヌ・ダルク』/wikipediaより引用

フランス その日、歴史が動いた

聖女ジャンヌ・ダルクが処刑された日 なぜ彼女は悲運な最期を迎えたのか

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歴史上英雄と称えられた人物はたくさんいます。
だからといって一生幸せに暮らせるとは限らず、国と同様、あるいはそれ以上の栄枯盛衰を味わうこともあります。

今日の主役は、その中でもかなり悲惨な運命を辿った一人でしょう。

1431年(日本では永享三年)5月30日、ジャンヌ・ダルクが火刑に処されました。

”聖女”とされたのに、何故こんな酷い刑に遭ってしまったのか。

 

オルレアンの奇跡とは

百年戦争の原因やここまでの経緯はオルレアンの奇跡をご覧いただくとして、その後の話から進めましょう。

ジャンヌはシャルル7世を正式にフランス王にするというこれまたデカイ功績を残しました。
しかし、この頃までが彼女の絶頂期でもありました。

というのも、長く続いた戦争であらゆるところから厭戦気分が漂っており、それはシャルル7世の側近も同じでした。

しかし、首都・パリがイングランドの手に落ちたままでは、シャルル7世は本当のフランス王とはいえません。
あくまでパリ奪回を主張するジャンヌと、「もう戦争やめてどっかテキトーに手を打とうよ(田舎娘の言うことなんぞいつまでも聞いてられるか)」と言い始めた側近達の間で意見が分かれてしまったのです。

しかもこうした内輪揉めの間に、イングランド側についていたブルゴーニュ公国(五大ワイン産地の一つ)が「イングランドさん危なそうなんで助けに行きますね」と援軍に来てしまい、フランス軍はアチャー(ノ∀`)な状況に陥りました。

いつの時代もどこの国でも内輪揉めするとロクなことがないですね。
ここでフランスが大敗しなかったのは不幸中の幸いです。

その後、戦闘中に負傷したのをいいことに「前線から退きなさい」と言われてしまったジャンヌは、直後に休戦協定が結ばれたこともあり、一時手持ち無沙汰になってしまいました。
戦場での士気高揚が彼女の一番のお役目ですから、そこからどかされてしまうとやることがないのです。

まもなく休戦が破られたのは良かったやら悪かったやら……。

 

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パリ奪還めざし、再び戦場に向かうがとりこに

そしてジャンヌは再び戦場へ赴くのですが、ブルゴーニュ公国との戦いの中で捕虜になってしまいます。

元々男装もし戦場へ出ていたジャンヌですから、脱走を試みてもいるのですが全て失敗。
頼みの綱のシャルル7世も積極的には救出しようとしてくれず、ジャンヌは敵国イングランドへ引き渡されてしまいました。

さらに「女が戦場に出るとはケシカラン」「男装するとはケシカラン」「聖職者でもないのに神の声を聞いたとはケシカ(ry」という理由で宗教裁判にかけられ、「神の声とかいってるけど悪魔の声だったんだろ?そんなヤツは魔女に決まってる!」と処刑されることになってしまったのです。

捕らえられ、ルーアン城の塔へ(後に「ジャンヌ・ダルクの塔」と呼ばれるようになる)/wikipediaより引用

どこからどう考えてもイチャモンですが、当時は悪魔の存在やそれと取引する魔女の存在が本気で信じられていたので、あくまで当時の基準としては全うな理由でした。

一応フォローを入れておきますと、シャルル7世も一応
「ウチのジャンヌをイングランドに渡しやがったら、こっちにいるおまえらのお仲間がどうなるかわかんねーぞ!」(超訳)
ということをブルゴーニュ側へ書き送っています。

しかし効果はなく、ジャンヌを取り戻すことはできませんでした。

「ジャンヌが処刑されたのは王様が身代金を払わなかったからだ」
ともいわれていますが、戦争にはお金がかかるのが常ですし、ただでさえ劣勢だったシャルル7世に潤沢な資金があるとは考えにくいですよね。
戦争継続を捨ててまで奪還しようとすれば別だったかもしれませんが。

また、貴族の女性たちがジャンヌの助命のために動いた形跡もありますので、完全にフランス側から見捨てられていたわけではなかったようです。

ウィンチェスター枢機卿の尋問を受ける独房のジャンヌ・ダルク/wikipediaより引用

 

ヒドイ処刑 怨霊っていないの?ヨーロッパの中世って

しかし、宗教裁判を担当した聖職者が既にイングランドの手先になっており、さらにジャンヌが文字を読めないということを悪用してデタラメな宣誓書にサインをさせたため、火刑という最も過酷な刑が確定してしまったのでした。

しかもただ命を奪うだけでなく、灰になるまで焼かれた上、その灰はセーヌ川に流されるという鬼畜ぶり。日本の戦国武将らも引くレベルですね。
というかこんな目に遭わされても呪ったり化けて出てないあたり、ジャンヌ、マジ聖女。

シャルル7世は多少の罪悪感はあったようで、百年戦争に勝った3年後、処刑からは25年後にジャンヌの復権裁判を行っています。
ホントに何とも思ってなかったらこんなことしなかったでしょうから、悪意があって見殺しにしたというのはちょっと違うんじゃないでしょうか。……たとえ民衆その他のご機嫌取りが目的だったとしても。

今ではファンタジー系の小説やゲームで取り上げられたり、フランス軍の戦艦や空母の名前に使われるなど、すっかり復権されていますね。
いずれ某これくしょんにも出てくるんでしょうか。ビスマルクもいるそうですし。ぜひやなぎさんに紹介してほしいですね。

長月 七紀・記

ジャンヌ・ダルク/wikipediaより引用




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【参考】
http://ja.wikipedia.org/wiki/ジャンヌ・ダルク

 



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