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イギリス その日、歴史が動いた ドイツ

ドイツとイギリスの遠くて近い、近くて遠い関係 後の大戦も……

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一見関係なさそうに見えて「実は繋がってました」なんてことは日本史でも世界史でも珍しくないですよね。

特に血縁関係についてはよくある話です。逆に「同姓だけど全然違う家です」なんてこともありますが。加藤清正と加藤嘉明とか。

ついでに言えば身分が高いほど結婚する相手の選択肢が狭くなるので、基本的に王侯貴族と言われる人々は近い遠いのさはあっても、ほぼ血縁と見ていいでしょう。さらにヨーロッパの場合、国内どころか国をまたいでも繋がってることもあったりして。
本日は現在も続くあの王室に関するそんなお話です。

ドイツの王様ジョージ1世が亡くなった それがイギリスとなんの関係が?

ベートーベンじゃありません、ジョージです(Wikipediaより)

ジョージです(Wikipediaより)

1727年(日本では享保十二年)の6月11日、ハノーファー選帝侯その他諸々を兼ねていたジョージ1世が亡くなりました。
初っ端から「ハノーファーってドコ?」「選帝侯って何よ??」という声が聞こえてきそうですので、先にその話をしてしまいましょうか。
ハノーファーというのは神聖ローマ帝国(だいたい今のドイツ)の一地方。今のドイツの国土でいえば、ど真ん中からやや北あたりです。
選帝侯は、神聖ローマ帝国の貴族でもトップクラスにエライ人のこと。もうちょっと詳しく言いますと、「皇帝に選ばれる権利がある貴族」を選帝侯といいます。
この頃神聖ローマ帝国の皇帝は既にハプスブルク家の世襲が慣例になっていましたが、建前上は何人か候補者がいる中から選ばれることになっていたので、この位だけが制度として残っていたのです。
つまりものすごく簡単に言うと、ジョージ1世はドイツのお偉いさんということになります。

勘の鋭い方はそろそろお気づきになられたでしょうか。
「ジョージって英語やん。何でドイツ人が英語の名前名乗ってるんじゃい」と。
実はそこに、この人の生涯と本日の主題が絡んでいます。
当初はドイツ語読みのゲオルクという名前だったのですが、例によって面倒なのでジョージ1世で統一しますね。

ジョージ1世はもともと選帝侯の家出身ではありませんでしたが、父が数々の戦争で功績を挙げたことによってその仲間入りを果たし、選帝侯の位を継承します。
この辺のヨーロッパは戦争しすぎててワケがわからなくなるので、戦歴などは割愛します。ホントよくこんなにドンパチやってて国がもったもんだと呆れ……思わざるをえません。

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イギリスの王位が途絶えたのでドイツから呼んでみた

一方その頃、イギリスでは王位継承問題が起きていました。
ときの王様はウィリアム3世。以前取り扱った「名誉革命」が終わった後の王様です。
しかし彼には実子がおらず、代わりに立てた女王アンの子供達も皆若くして天に召されてしまい、さてどうしようということになっていました。
一応血縁的に王様になれる人はいたんですが、議会も国民も「あの人カトリックだからヤダ」ということで除外されていたのです。名誉革命のときにカトリックvsプロテスタント(英国国教会)でめんどくさいことになったので、カトリックそのものに対してアレルギー状態だったのでした。
そこでイギリス議会は「念のため、”カトリックの王様ノーセンキュー!”って決めておこう」と考え、王位継承法という法律を作ります。
この法律ではもう一つ「スチュアート家(スコットランド王家だった家)の血縁じゃないとダメ」というという条件もついており、これだけでかなりの候補者が除外されることになりました。
そして最終的に残ったのがジョージ1世だったのです。

ハノーヴァ候時代のジョージです(Wikipediaより)

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「わたしイギリス王です でも英語しゃべれませ~ん」

しかし50過ぎまでずっとドイツにいたので、当然母国語はドイツ語です。
肝心の英語はというと「何とか意思の疎通ができる」程度。これではイギリスの政治家と話をしようにもうまくいきません。
そこでイギリス・ドイツ双方で知識階級が学んでいたフランス語を使ったのですが、ジョージ1世は結局イギリスの政治に関心を寄せることはなく、イギリスに滞在している期間もあまり長くはありませんでした。
ですが、結果的にはこれが良い方針を生み出します。
外から見れば「国王が議会に政治を任せる」という形になったからです。「君臨すれども統治せず」という立憲君主制のポリシーが実行されていたという見方ができるわけですね。
本人のやる気と意図は置いておくとして、議会のほうとしてもこれは大歓迎でした。
既に名誉革命が終わった後で「王様、実務は私達にお任せください」という方針を続けていきたかった彼らは、ジョージ1世の無関心をむしろ歓迎します。
ヘンな方向にやる気があったりすると、母国神聖ローマからジャンジャンドイツ系を入れてイギリスが乗っ取られる恐れもありましたから、それを思えば無関心なことくらい問題ではなかったのでした。
やる気がなくてうまくいくってよく考えたらスゴイ話ですね。

言葉はわからないけど王様って楽しい(Wikipediaより)

イギリス王室、ドイツ人多すぎ

その後息子とのゴタゴタはありましたが、ジョージ1世の血筋はその後も続き、現在のイギリス王家にも繋がっています。
彼に始まる王朝を「ハノーヴァー朝」(ハノーファーの英語読み)といいますが、現イギリス王家は「ウィンザー朝」ですので、学生の皆さんはちょっと気をつけたほうがいいかもしれません。
変わった順番としてはハノーヴァー朝→サクス=コバーグ=ゴータ朝→ウィンザー朝です。

まず、ジョージ1世から数えて6代後の王であるヴィクトリア女王の王配(女王の夫)がまたドイツから来たため、彼の名字だったサクス=コバーグ=ゴータをそのまま王朝名にしました。
ついでにいうと、ヴィクトリア女王の一つ前の王様まではハノーファー選帝侯とイギリス王は兼任だったのですが、、神聖ローマ帝国では女性が王位に就くことを認めていなかったので、彼女の代からハノーファー選帝侯という肩書きはつかなくなっています。
その代わり(?)に植民地先のインド皇帝とかがついてくるので、表記は結局長ったらしくなるんですけども。

第一次世界大戦でドイツ語が敵性言語になりウィンザー朝に

そしてそのまま順調に行けば現在もサクス=コバーグ=ゴータ朝と呼んでいたのでしょうけども、ここで第一次大戦が絡んできます。
第一次大戦時は(も)イギリスとドイツは敵対していました。そのため「敵国由来の王朝名はマズイだろ」ということで、名字の代わりに宮殿の所在地を王朝名にしたのです。
現在は問題ないはずですが、今更戻すのもどうよということでそのままになっているようですね。
ただでさえ王室ゴシップの好きなお国柄ですから、ヘタに戻すと「あの王様はドイツと何かあるんじゃないか」とか言われちゃいそうですし。
ちなみにジョージ1世の妹はプロイセンの王様に嫁いでおり、その孫の一人が先月ご紹介したフリードリヒ2世だったりします。ホント狭い世界だ。
こっちの血筋(ホーエンツォレルン家)は王様ではないものの、やはり現在も存続しています。
日本でも公家や戦国武将のご子孫が宮中行事・歴史系のイベントに参加されることがありますが、ヨーロッパではホーエンツォレルン家をはじめ、軍隊に入ったり各種団体の名誉職等を務めることが多いようです。
いつの時代もエライ人の家系は大変そうですね。庶民でよかったよかった。

長月 七紀・記

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参考:http://ja.wikipedia.org/wiki/ジョージ1世

 





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