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その日、歴史が動いた 幕末・維新

「ハラキリ」で決着した神戸事件が何か釈然としない~生麦事件以外にもイロイロ勃発

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異文化交流には時間が必要です。
同じ国の人同士であってもなかなか理解できないということは珍しくないのですから、当然といえば当然ですよね。

しかし、大きく時代が変わるときにはそんな悠長に構えていられません。双方そのつもりがなくても衝突したり、あるいはどちらか一方があまりにもトンデモだったりすればなおさらです。

日本では、幕末における西洋との邂逅がその一つでしょう。戦国時代には宣教師達が、江戸時代には長崎にはオランダ人が来ていたとはいえ、他の多くの国々はほとんど付き合いがなかったのですから、これもまた当たり前の話です。
となると、いよいよ武士の世が名実共に終わろうとしている戊辰戦争中となれば、さらにエスカレートするわけで……。

慶応四年(1868年)1月11日に、神戸でフランス人水兵と岡山藩の兵がドンパチを起こしたのも、そうした事例の一つです。そのまんま「神戸事件」という呼称なのですが、残念ながらこれでググっても近年に神戸で起きた事件のことばかりが出てきます。調べにくいったらありゃしない。

こちらは生麦事件当時の生麦/Wikipediaより引用

 

岡山藩の隊列をフランス人水平が横切ろうとして… 

開国当時開かれた港というと横浜が有名ですけども、この頃には大阪や神戸も外国船おkということになっていました。
大政奉還~王政復古の大号令で権力が京都に移り、「徳川家ブッコロ!」な方向に世の中が動き始めると、「わざわざこんなとこまで来る時点で命かかってんのに、内戦に巻き込まれるなんてやってらんないよねー」(超訳)というわけで、各国の公使たちはすぐに逃げられるよう、船の準備を進めていました。
そんなわけで船を動かす人員も、神戸や大阪にたくさんいたというわけです。

が、実際に鳥羽・伏見の戦いが起こり、戊辰戦争が始まると、その影響は想像以上に広い範囲に及びます。

当時、神戸事件の一方の当事者となった岡山藩は、新政府側として加勢すべく兵を進めていました。彼らはきちんと隊列を組んで歩いていたのですが、それをフランス人水兵が横切ろうとしたことで、あたりは騒然とします。岡山藩側にとっては大名行列を横切るに等しい、最悪に失礼な行為だと受け取られたからです。
つまり、事の経緯は生麦事件とほぼ同じなんですね。

それでなくても西日本では下関戦争などで直接西洋人とぶつかり合い、良いイメージを持っていなかった人が多かったでしょうし、もしかしたらこのときの岡山藩兵の中にも、親戚や家族をそうした理由で亡くした人がいたかもしれません。

その辺は確かめようがありませんが、言葉が通じない故に静止や理由も伝わらず、槍やら拳銃やらをお互いに出してしまい、近くにいた欧米諸国の公使たちを狙撃しかねない勢いのドンパチになってしまいました。
武器を持った人間の頭に血が上るとロクなことがないですね。

三宮神社に展示された当時と同型の大砲

三宮神社に展示された当時と同型の大砲/Wikipediaより引用

 

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助命嘆願もかなわず 責任者はハラキリ 

不幸中の幸いというべきか、それともただ単に射撃の訓練不足だったのか。銃撃戦に発展した神戸事件では死者はなく、怪我人二名で済みました。
が、当然のことながらこの件、フランス公使をとてつもなく怒らせます。ついでにイギリス公使も怒りました。現場に居合わせていたからです。

と同時に、明治新政府にとっては外交力をアピールする絶好のチャンスでした。まだ幕府からの権利委譲が完全に済んでおらず、外交に関しては旧幕府の管轄ということになっていましたが、なにせトップの徳川慶喜が大阪から江戸への航海真っ最中。

それでも放置しておくのは論外ですので、新政府の人間がそ知らぬ顔して対応すれば、「今度からはコイツに話をすればいいのか。おk」ということになりますよね。

最初は伊藤博文が担当して失敗。次に東久世通禧(ひがしくぜ みちとみ)という公家の人が交渉に当たります。血筋の高貴さのおかげもあったのか、彼は見事フランス公使を説得し、最初に槍でフランス人水兵に怪我をさせた滝善三郎という人物を切腹させることで、この事件を丸く治めました。

外国人側にほとんど被害がないにしては重すぎる処分に見えますよね。しかし、日本側が助命嘆願をしようとも、公使たちに却下されてしまったのでどうしようもありません。なんだか釈然としないのですが、一番辛かったのは、交渉に当たられた方たちなのでしょう。

江戸時代末期には切腹といっても形ばかりで、介錯人による斬首といったほうが正しいこともよくあったのですが、滝の切腹については本来の作法で行われたそうです。
公使たち臨席だったとのことで、その模様は彼らを通じて欧米諸国に伝えられたとか。
「ハラキーリ!」のイメージは多分ここから来ているのかもしれません。

三宮神社の史蹟碑/Wikipediaより引用

三宮神社の史蹟碑/Wikipediaより引用

 

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 「牛肉食いたいから牛をよこせ!」って、どうなのよ

こうした物騒な事件、幕末から戊辰戦争期の混乱によるものと思いきや、実はもう少し前から似たようなことが起きていました。ありすぎて「俺らのご先祖様物騒すぎワロエナイ」ってなもんですが、ここでは特徴的な例をもう一つご紹介しましょう。

現在鹿児島県に属する宝島というところで、文政七年(1824年)にイギリス人とのトラブルが起きたことがあります。彼らの船はたまたまこの島へ流れ着いただけだったのですが、あつかましいことに現地の人々へ「牛肉食いたいから牛をよこせ!」と言ってきたのです。

西日本は比較的東日本よりも肉が食べられていたとはいえ、日本人にとって牛肉食は馴染みのないものでしたし、何より牛は農耕や運搬に使う大切な家畜。ですから当然島民もお偉いさんも拒否しましたが、イギリス人たちが大勢でよってたかって牛を三頭も強奪し、本格的にドタバタ騒ぎになってしまいます。

結果、イギリス人のうち一人が射殺されるというこれまた国際問題モノの事態となりました。どっちもどっちやな。
この時期はまだ正式に国交を結んでいなかったおかげか、そこまでは悪化せずに済んだようです。翌年に異国船打払令が出されているので、影響の程がうかがえますね。

鹿児島県宝島/Wikipediaより引用

鹿児島県宝島/Wikipediaより引用

 

郷に入れば郷に従って欲しいところ

ちなみに以前ご紹介したイギリス公使・オールコックが富士山で狼藉をはたらいたのは万延元年(1860年)なので、この二つの事件の間にあたります。
つまり数十年前からずっと似たような状況だったわけです。

そりゃ幕府側も「今は外国人ってだけで危ないんだから、馬に乗るなんてわざわざ顔をさらすような移動の仕方しないでくださいよ!」(超訳)って言いますよね。

ちっとも聞いてくれませんでしたけど。解せぬ(´・ω・`)

現代では日本国内でこんな事件が起こることは多分ないでしょうが、海外だと「言葉が通じない」とか「日本では問題ないことが、現地では非常に失礼にあたる」ということがきっかけでトラブルになることは珍しくありませんので、その辺は心がけておきたいですね。

異文化交流はデメリットよりもメリットのほうが大きいですから。

長月 七紀・記

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参考:神戸事件/Wikipedia 宝島/Wikipedia

 





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