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その日、歴史が動いた イタリア

地動説のガリレオが処刑されずに済んだのは~ ジョルダーノ・ブルーノのお陰ナリ~

更新日:

 

頭が良い人というと基本的に尊敬されるものですが、あまりに常人とかけ離れたことにまで気付いてしまうと、かえって悲劇を招くこともあります。
他人に理解されないくらいならばいいのです。ただ、これが「俺が絶対に正しい!」と主張してしまうとハレーションは避けられないワケで・・・。
本日はその一例である、とあるイタリアの人のお話です。

1600年(日本では慶長五年)の2月17日、ジョルダーノ・ブルーノという修道士にして学者だった人物が火刑に処されました。日本では関が原の戦いが起きた年ですね。
火刑といえば、キリスト教では異端者とみなされた者がかけられる最も重い刑です。他にはジャンヌ・ダルクの例が有名ですが、彼女も「神の声を聞いたなんて嘘をつくのは魔女だ!」とされたためこの刑になりました。

では、ジョルダーノはなぜそんな刑を受けることになったのでしょうか?

ジョルダーノ・ブルーノさん/Wikipediaより引用

ジョルダーノ・ブルーノさん/Wikipediaより引用

 

日本にも縁の深いドミニコ会へ17歳で入会

彼はイタリアがまだ統一されていなかった頃、ナポリ王国のノーラという町で兵士の家に生まれました。
14歳でナポリ大学へ、17歳でドミニコ会という修道会に入ったといいますから、生まれつきかなり頭のいい人だったと思われます。

ついでに”修道会”の意味と仕組みもざっくり書いておきましょう。
細かいことを言えばいろいろ種類があるのですが、共通点は教会で共同生活をしている聖職者の団体であるということです。男子修道会と女子修道会があり、異性との交流は基本的にありません。

ジョルダーノが所属していたドミニコ会は日本とも縁の深い修道会で、戦国時代に渡ってきていたことがあります。江戸時代には禁教令によって殉教者が出たため、海を越えてくることは減りましたが、彼らと接触した日本人が隠れキリシタンに繋がっていきます。
明治以降再びやってきていて、現在も日本で活動しているのでご存知の方もいらっしゃるかもしれませんね。

 

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「教会が教えている宇宙の概念、間違ってない?」

話をジョルダーノに戻しましょう。

共同生活を送っていた彼は、持ち前の頭脳でさまざまな分野の知識を身につけ、ある疑問を持つに至りました。それは、

「教会が教えている宇宙の概念は、本当は間違っているのではないか?」

という、修道士には似つかわしくないものでした。どこかでこれを口に出したらしく、彼は異端の嫌疑をかけられて国を追われることになります。

イタリアを去ったジョルダーノは、パリやロンドン、フランクフルト、プラハといったヨーロッパ各地で教職に就いたり、著作をして28歳から44歳までを過ごしました。
そのまま半放浪の暮らしを続けていればよかったのかもしれませんが、ヴェネツィアの貴族に「君、頭がすごくいいんだってね! よかったら記憶術を教えてくれないかい!?」(意訳)と誘われ、イタリアに戻ることを決めました。
現在は同じ”イタリア”という国ですが、前述の通り当時はまだ統一されておらず、ナポリやローマとヴェネツィアは違う国だったので、その辺から考えて「大丈夫だ、問題ない」と思ったのかもしれません。ないか。

 

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火あぶりの刑にかけられても悲鳴一つ上げなかった

しかし、というか案の定というか、イタリアに戻った彼は「異端者が戻ってきたぞ!!」と勝手知ったる教会にしょっ引かれてえしまいます。

そしてズルズル7年も投獄された上に「教会の教えに逆らうとはけしからん!」という現代の感覚だとイチャモンにしか聞こえないような理由で火刑に処されてしまったのでした。

どこからどう見てもひどい話ですが、当時の人々、特に教会関係者にとっては「俺ら大正義! 逆らう奴は神に逆らったことになるからブッコロ!!」ってな感じだったので、国に帰ればどうなるかジョルダーノが知らなかったわけはないんですけどねえ。

彼の意思は最後の最後まで強固で、懺悔のための十字架にはそっぽを向き、執行人に対し「私に死刑を宣告したあなたがたの方が震えているじゃないか、正しいのがどちらかわかっているんじゃないのか」と丁寧な暴言を吐き、さらには火がつけられても悲鳴一つ上げなかったといいます。

常人からすると悲劇にしか思えませんが、ジョルダーノは二つの意味で良い結果を残しました。

現在はカンポ・デ・フィオーリ広場に銅像が建てられている/Wikipediaより引用

現在は銅像が建てられている。ちょっと怖い雰囲気ですが・・・/Wikipediaより引用

 

地球は回ってるけど、いったん引いておきます、ヤバイから

一つは「あまりにも教会に対し強硬姿勢を取り続ければ、絶対に処刑される」ということの証明です。
同年代に生きていたガリレオ・ガリレイが地動説を主張して裁判にかけられたのはこの後の話なのですけれども、彼が「それでも地球は回っている」としながら一度引き下がったのは、ジョルダーノがこうした経緯で処刑されたことを知っていたからなのです。

もう一つは「地動説が正しいかもしれない」という可能性を残したことでした。
ジョルダーノの残した著作は禁書とされ、ほとんど教会に処分されてしまいましたが、それでもわずかに流通し続けました。出版されたのがイタリア半島ではなく、他の国だったからです。この時点で教会の威厳も何もあったもんじゃないですね。

そのためイタリア以外の国の学者達が彼の本によって考えを広げ、ときには翻訳されてさらに広まりました。
イタリアでも「俺達統一しようぜ!」という運動が起きた際、「あれ、ジョルダーノって実はすごくね?」と気付いた人々がおり、再評価の動きが起こり始め、彼の事跡が正当に評価されることになったのです。

今では月のクレーターの一つに彼の名前がつけられているそうで、宇宙に関する著作を行った人としては嬉しいでしょうねえ。

晩年のガリレオ・ガリレイ/Wikipediaより引用

晩年のガリレオ・ガリレイ/Wikipediaより引用

 

 

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長月 七紀・記
参考&TOP画像:ジョルダーノ・ブルーノ/Wikipedia ガリレオ・ガリレイ/Wikipedia

 

 





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