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その日、歴史が動いた アジア・中東 キリスト教

「ノアの箱舟」は実在した? 紀元前3000年に地球(中東?)を襲った大洪水の正体を考える

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歴史好きでも、それぞれ好きな国や年代は違いますよね。一番多いのはやはり戦国好きでしょうし、世界史であれば中世やヴィクトリア朝あたりが人気でしょうか。
ワタクシはどの時代・国であっても面白く感じるタイプなので、このコーナーは国や時代を問わず取り扱っております。
本日は、その中でも一・二を争う古い時代のお話です。

紀元前3000年ごろ?の2月17日は、「ノアの箱舟」で有名な大洪水があった日だそうです。
なんで年代がアヤシイのに日付だけわかるのかというと、「ノアが600歳のときの2月17日」ということになっているからだそうで。
年齢については旧約聖書のお約束なので、あまりツッコまないことにしておきましょう。一番長生きした人だと1000年近く生きたことになってますし。植物なら珍しくないですけどねえ。

ノアの箱舟についてはご存じの方も多いと思うので、それ以前からの話から始めます。いつも通り超訳を含んでいますので、真面目な方は鵜呑みにしないでくださいね。

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【TOP画像】ノアの方舟/wikipediaより引用

 

アダムとイブの三男・セトの子孫がノアさんです

ノアは、最初の人類であるとされるアダムとイブの三男・セトの子孫です。
アダムとイブの長男はカイン、次男はアベルといいました。しかし、神様がカインが捧げた農作物をシカトし、アベルの捧げた羊だけを受け取ったので、カインはアベルに嫉妬した末にブッコロしてしまいます。
これによりカインは最初の殺人者としてはるか東方の地に追われるかわりに、「他者から害されない」という加護を受け、子孫を残しました。
アベルに子孫がいたかどうかははっきりしませんが、末っ子のセトだけが、元いた土地で子孫を残し続けたということになるわけですね。

そして時は流れ、ノアの時代になりました。
アダムからノアまでの間の人々もとんでもなく長生きをした(ことになっている)ので、当然ながら数千年単位の時間が経っていました。それだけ長い時間が経てば、神への信仰が薄れるのも仕方のない事です。
そこで神様は「だめだこいつら、早く何とかしないと」(超訳)と考え、とりあえず洪水を起こして地上をエクストリームお掃除することにしました。

……神が本当に全知全能であるならば、信仰を失った人々を”正しい道”に導くことなんてお茶の子さいさいのような気がするのですけれども、おそらくそういうツッコミをすると敬虔なクリスチャンの方にフルボッコされるでしょうね。くわばらくわばら。

 

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40日40夜の大雨で大洪水 地上の生物は全滅した

ノアとその家族だけは正しい信仰を守っていたので、神様は彼らにだけ、助かる道を示すことにしました。
そして「これこれの材料でかくかくしかじかの寸法の船を作り、他の動物もひとつがいずつ乗せて生き残りなさい。あ、家畜は7つがいずつね」というお告げを下します。
元々信心深かったノアは、さっそくその通りに船を作り始め、動物を集めました。

その時点では洪水の前兆すらなかったため、他の人々はノアをpgrしましたが、神から直接お告げを受けたノアは、そんな雑言は気にもしません。
船が完成すると、ノアと家族、動物達は早速乗り込みました。

そしていよいよ、40日40夜にも渡る大雨で大洪水が起き、地上にいた他の生物は全て死に絶えました。水が引くまでにはさらに150日かかり、箱舟は揺れに揺れた末に、アララト山という山の上に停まります。

ノアは鳥を数度放ち、帰ってこなくなった=地上に鳥が住める状態であると確認してから、皆とともに地上に降り立ちました。まずは祭壇を築いて生け贄を捧げ、神に感謝を示します。
せっかく大洪水から生き残ったのに、犠牲にされた家畜カワイソス(`;ω;´)

システィーナ礼拝堂蔵『洪水』/wikipediaより引用

 

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炭素年代測定で洪水とほぼ同時期であることを確認

神は生け贄を受け取り、「もうこんなことはしない。その約束の証に虹をかけよう」と言いました。
その後、ノアとその家族は地上で栄えていった……というのが、旧約聖書の「創世記」に載っている話です。

ちなみにその後、ノアは「酔っ払って裸で寝ていたのを息子たちに見られたから」といって、そのうちの一人・ハムの息子カナンを呪っています。逆恨みにもほどがあんだろ。
寵愛していたアベルを殺したカインでさえ、神は追放する代わりに加護を与えたのに、心の狭いことです。神を信仰するのであれば、神と同じく寛容であろうとは思わなかったのでしょうか(´・ω・`)

まあその辺は余談ですが、こうしてノアは全人類の祖先となった……といわれています。

伝説に近いものなので真偽を疑うのも野暮ですが、「箱舟が実在するのではないか?」と考える人々は、昔から相当数存在していました。
箱舟が漂着したといわれるアララト山は実在する地名ですから、調べたくなるのも道理ですよね。

2010年には「これが99.9%箱舟だよ!」といわれるものも見つかっています。炭素年代測定でも、洪水とほぼ同時期であることが確認できたそうで。
仮にこの箱舟が本物だったとして、次に疑問になるのは「箱舟に乗っていた人と動物以外は本当に死に絶えたのか」という点でしょう。
これは、旧約聖書の中だけでもハテナが浮かんできます。

上記の通り、旧約聖書にはセト~ノアまでの他に、「カインの血筋がはるか東の地で残っている」という記述があるからです。
カインから6代目の子孫に四人の異母兄妹がいて、上からヤバル・ユバル・トバルカイン・ナアマといいました。末っ子のナアマだけ女性です。
また、ヤバルとユバル、トバルカインとナアマがそれぞれ同じ母親から生まれています。
こういう家族構成を聞くと、某大作RPGのシミュレーション版を思い出しますね(わかる人だけわかってください)。

この四兄妹のうち、男性三人はそれぞれ別の職業の祖といわれています。
ヤバルは遊牧、ユバルは音楽、トバルカインは鍛冶を人類で初めて行ったそうです。
もし、ノアの大洪水が地球的な規模のものだった場合、箱舟に乗っていなかった彼らとその子孫たちも、当然死んでしまったことになりますよね。
そうなると、遊牧も音楽も鍛冶も後世に伝わらず、一度途絶えたことになります。

 

標高が1m高くなるのにざっと見積もって250年なので……

また、ノアの大洪水が起きたとされる時期に、エジプトやインドでは文明が存在していました。
もし地球的な規模の大洪水が起きていたとすれば、それらも全て押し流され、文明がゼロ地点からやり直されていたことでしょう。
ここから考えると、ノアの大洪水は地球的な規模ではなく、ノアが暮らしていたであろう中東地域付近だけの出来事だったのではないでしょうか。
そこを地球的な規模と思わせるために、「40日40夜雨が続いた」「水が引くまで150日かかった」という記述をしたとすれば、理屈としては合いますよね。

となると、標高5000mもあるアララト山に箱舟が流れ着いたという点についても、疑念がわいてきます。
上記の「99.9%ノアの箱舟である」とされる遺構が見つかったのは標高およそ4000m地点らしいのですが、そこまでの高さに持ち上げるために、いったいどれほどの水が要るのでしょう。
「箱舟が流れ着いた後、地殻変動によってアララト山の標高が上がった」なら理屈が通りますけれども、それはそれでありえなさそうです。

アララト山のデータが見つからなかったので、エベレストを例にとって標高の動きを計算してみましょう。
エベレストは年々4mmずつ標高が上がっているそうなのですが、このペースがずっと保たれているとすると、標高が1m高くなるのに250年かかります。
仮に同じペースでアララト山の標高が高くなっていたとしても、ノアの時代を紀元前3000年とした場合、現代までに変わる高さはたった20mほどです。全体の高さからすれば、誤差や計測地点の違いで収まる数字ですよね。

こう考えると、「99.9%(ry」とされるものは、ノアの時代のものであることは間違いないにせよ、箱舟ではなくて、神殿に類する儀式場の遺構なのではないでしょうか。
旧約聖書には「高い山に登って神への生け贄を捧げました」という話がいくつかありますし、「ノアは大洪水から逃れた後、近場にある中で一番高い山であるアララト山に登って儀式場を築き、そこで祈りを捧げた」としても、ありえないとは言い切れませんよね。

もしくは、洪水から逃れるためにこの地に建てた「避難所」としての役割もあったかもしれません。標高4000mであれば、水から逃れるには充分でしょうし。

 

食料や水、排泄物なんかはどう対処したんですかね

「99(ry」が箱舟であることの根拠には、炭素年代測定の他に「この高さに人の住居はありえない」「にもかかわらず、複数の部屋に分かれている」という理由もあるのですけれども、儀式場兼避難所であれば、複数の部屋がある&人が住まないような高度に存在していても、おかしくはないと思われます。

また、これが箱舟であるのなら、ノアたちと一緒に乗っていたはずの動物のふんなどが見つかってもいいと思うのですが、そうした報告は今のところないようです。調べきれてないだけだったらスイマセン。

……40日分の排泄物なんて想像もしたくないですし、掃除した可能性は無きにもあらずですが。
「40日分の食料や水をどうしたのか」などの疑問もあります。「大洪水だったのは間違いないにせよ、40日40夜という長さではないだろう」という気がしてきます。

まあ、儀式場・避難所であるとしても「この高さまでどうやって建材を運んだのか」などの謎は残るので、この説を強く推すことはできないんですけどね。
なら何で書いたんだって? いやいや、いろいろ妄想を巡らせるのは古代史で一番楽しいところですから。

いずれにせよ、今後の研究が楽しみな事象の一つです。

長月 七紀・記

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参考:今日は何の日?徒然日記 ノアの方舟/wikipedia AFPBB

 





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