歴史戦国ジャンルでアクセス日本一!

BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)

地動説の図/wikipediaより引用

その日、歴史が動いた 学者・医師

地動説が最初に唱えられたのは紀元前だった!? コペルニクスの前にもいた天才たち

投稿日:

「ロマン」というと文学や歴史など、文系の科目で語られることが多いですよね。
しかし、理系の世界にも数多くのロマンが存在します。ロマンを言葉で語るのが文系、数字で表すのが理系という感じでしょうか。
本日はその中でも、見えるようで見えないあの話の歴史的な経緯を見ていきましょう。

1543年(日本では戦国時代・天文十一年)5月23日は、ニコラウス・コペルニクスが「天体の回転について」という本を出版した日です。公的に地動説を唱えた日、と言い換えてもいいかもしれませんね。

コペルニクスの生涯については以前触れていますので、今回は「地動説」という概念の歴史について見ていきましょう。

 

紀元前5~4世紀のフィロラオス「宇宙の中心に炎がある」

実は、地動説を初めて唱えたのは、コペルニクスではありません。
紀元前の時代から天動説が広く信じられてきた理由として「太陽は毎日同じように登り、沈む」+「水平線・地平線は動かない」=「太陽は大地の周りを回っている」という考えがありました。
そりゃそうだ。

しかし、月や惑星については見え方や動き方が異なることから、天動説だけで全てを説明できません。
「惑星」と書くのも、かつては「天を惑うように動く星」という意味合いで字を当てられたものです。ギリシア語では「さまようもの」「放浪者」という意味の単語だったとか。

こうしたことから疑念を抱き、天体観測を行って、地動説に近い仮説を立てていた人たちが紀元前の時点で存在しています。

一人は、紀元前5~4世紀のフィロラオスという人です。「宇宙の中心に炎があり、地球や太陽、そして全ての星がその周りをまわっている」と考えていました。
つまり、地球も太陽も絶対的なものではないと考えていたことになります。当時としては、かなり斬新な考えだったでしょうね。

現代の天文学では「太陽は銀河系の中心ではない」「銀河系も他の銀河も常に動いているため、固定された”宇宙の中心”は存在しないが、便宜的に中心を決めて観測する」とされていますので、フィロラオスの考えはおおむね正しかったといえるでしょう。

古代史ではたまに「こいつ未来人か?」レベルの頭脳や発想を持った人が出てきますが、彼もその一人でしょう。「反地球」という現実にはない天体の話もしているおかげで、未来人ではないことがわかりますけれども。

 

スポンサーリンク

地球は自転しているばかりか他の惑星も動いている、と

フィロラオスから100年ほど後の、アリスタルコスも地動説(仮)を唱えていました。
彼は「地球は自転している」「太陽を中心として、5つの惑星が公転している」と考えています。

観測と計算によって「太陽は地球の20倍もの大きさをしているはず。そんな巨大なものが地球の周りを回るのはおかしいのではないか」というところから、こういう説に至ったのだそうで。
5つの惑星については、人間が肉眼で観測しやすいのが水星・金星・火星・土星までだからでしょうかね。目のいい人であれば現代でも天王星まで見えるそうですので、古代ギリシアなら見えたかもしれません。

こうした下地があったのに、ではなぜ1000年以上もの間、地動説の研究が止まってしまったのか?
実は、そこにもキリスト教が大きく関係してきます。

4世紀頃からローマ帝国でもキリスト教が広まり、「聖書や神にそぐわないものは全部悪魔の教え」という極端な考えが主流になったことが主な原因です。しかも帝国公認で武力行使してくるのですから、兵を持たない学者たちはたまったものではありません。
このせいで、当時最大の所蔵量を誇っていた、アレクサンドリアの大図書館も燃やされてしまいました。信仰心と暴力が結びつくと、ろくなことにならない典型例ですね。

この辺のことは5世紀の女性天文学者・数学者であるヒュパティアの生涯を主軸とした映画「アレクサンドリア」で描かれています。
少々セクシーなシーンがあるので、誰かと一緒に見る場合や、そういうのが苦手な方はちょっと注意したほうがいいかもしれません。
また、「このシーンの後にこうなってるんだから雰囲気でわかるだろ? わかるよな?」みたいな雰囲気が漂うので、きっちり話がつながってないとモヤモヤする方にもあまり向かない……かも。
スペイン映画ってそんな感じの構成が多い気がします(※個人の印象です)

 

宗教絶対!の中世で都合の悪い天文学

科学はなぜ、宗教の目の敵とされるのか
最もシンプルに考えると、一般人が勉強をして知恵をつけると、教会の教えの矛盾点を付かれて支配しにくくなるからでしょう。

“戦国時代の日本で宣教師がキリスト教を広めようとしたとき、「庶民がアレコレ矛盾を付いてくるので布教がはかどらない。日本には最高レベルの宣教師を連れてこないといけないかもしれない」と思った”なんて話がありますしね(もっともこの話は真偽不明ですが……)。
イスラム圏では地動説の研究が細々と続けられていた節がありながら、やはりイスラム教義と噛み合わず、おおっぴらに主張できる学者もいなかったようです。

中世社会においての宗教は、我々の想像以上に絶対的な存在です。
ルネサンス期に再び科学が発展するまで、フィロラオスやアリスタルコスのように、ヨーロッパで地動説を主張する者は現れませんでした。

そこで改めて地動説を唱えたのがコペルニクスだった……というわけです。

コペルニクス/wikipediaより引用

 

スポンサーリンク

ニュートンの万有引力を機に地動説も浮上し始める

「天体の回転について」はコペルニクスの最晩年……というか亡くなる直前の出版だったため、彼自身が大きく批難されることがなかったのは幸運だったでしょうね。
コペルニクスの時代になっても、天動説派の観測精度が高かったこともあり、地動説がすぐ受け入れられたわけではありませんでした。
お馴染みのガリレオ・ガリレイや、以前当コーナーでも取り上げたジョルダーノ・ブルーノが教会に逆らって割を食った(どころではない)最たる例ですね。

その後ニュートンが万有引力の法則を発見したことにより、カトリックの中でも地動説を受け入れる人が少しずつ増えていきます。
現代でも地動説を信じていない人はいるのですけれども……まあ、それで日々の生活や人命が関わるのでなければ、別にいいんじゃないですかね。考え方の押しつけイクナイ。

ちなみに、キリスト教やイスラム教が主流ではなかった中国・日本で、天動説・地動説という概念が育たなかった理由はよくわかりません(´・ω・`)
日食・月食は吉兆を占うもの、天文学は暦を作るためのものであり、「どれがどのように動いているのか」といった主従関係に興味を持たなかったんですかね。東洋社会で天体の話が出ると、だいたいそういう流れになるので。
一応中国で地動説っぽい話が出たことはありますが、中国神話の影響が伺えるようなダイナミックな話で、西洋のものとは一線を画しています。

「洋の東西によって、同じものを見ていても捉え方や意味合いが全く異なる」という例の一つかもしれません。

長月 七紀・記

【関連記事】

地動説のコペルニクス なぜ彼はガリレオのように宗教裁判にかけられなかったのか?

地動説のガリレオが処刑されずに済んだのは~ ジョルダーノ・ブルーノのお陰ナリ~

アイザック・ニュートン知られざる苦難の人生 リンゴがなくても万有引力の法則を発見してました




スポンサーリンク


参考:地動説/wikipedia 天文学史/wikipedia アレクサンドリア図書館/wikipedia ヒュパティア/wikipedia

当サイトで実験しました

 





動画配信サービス・主要7社
当サイトで試してみました


注目!西郷隆盛2番目の妻
愛加那(とぅま)とは?


1位 朝ドラまんぷくモデル
安藤百福50歳からチキンラーメンを開発!


2位 甲斐源氏の重責とは?
武田信玄53年の生涯


3位 漫画『アンゴルモア』で
盛り上がる元寇のすべて!


4位 意外と知らない
源義経の生涯ストーリー


5位 軍師の枠を超えていた!?
黒田官兵衛、真の実力


6位 ゴツイケメンな幕臣
山岡鉄舟の信念


7位 四国の覇王!
長宗我部元親の生涯とは


8位 史上最強の出世人だが
最期は切ない豊臣秀吉


9位 金栗四三いだてんモデル
日本人初の五輪選手は驚きの成績!?


10位 藤原道長
出世の見込みなかった62年の生涯


注目! 日米修好通商条約の真実
タフネゴシエーター岩瀬忠震


-その日、歴史が動いた, 学者・医師

Copyright© BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン) , 2018 All Rights Reserved.