どこまでも果てしなく広がる空に、どっしりと力強い大聖堂のクーポラ(ドーム屋根)。
青と煉瓦の鮮やかなコントラストこそ「まさにイタリア!」と呼びたくなる――。
【サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂】は、フィレンツェのど真ん中に位置し、都市を代表する聖堂として、今なお観光スポットとしても名高い場所です。
世界に知られる「ルネサンス建築」も、まさにこの聖堂から始まりました。
1401年、聖堂に付属する洗礼堂の扉の受注を巡り、二人の天才(ギベルティとブルネレスキ)がぶつかり合い、さらにその十数年後、二人は再び聖堂の巨大クーポラ建造を巡ってあいまみえます。
フィオーレ大聖堂が見つめた、男の戦いとルネサンス始まりの物語――それは如何なるものだったのでしょうか。
※1455年12月1日はギベルティの命日にあたります
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サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂
「トスカーナ一に美麗で大規模な聖堂を!」
1296年、そんな思いのもと、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の建造が始まりました。
市民の誇りをかけた大事業。
その意思は百年以上に渡って受け継がれ、ペストの流行や政治情勢などによる中断を挟みつつ、少しずつ建造は進められていきます。
1359年、まず聖堂に付随する鐘楼が完成しました。
設計者の名を取って「ジョットの鐘楼」と呼ばれている建造物です。
次に目を向けられたのは、聖堂の正面に立つ八角形の建物、サン・ジョヴァンニ洗礼堂(写真手前)です。
建物自体は12~13世紀に建てられ、礼拝堂として使われていた時期もあります。
14世紀には大聖堂建立に伴う改修も行われ、キリスト教徒にとって最初の重要な儀式である「洗礼」のための場所(洗礼堂)として使われることになったのです。
同洗礼堂が捧げられている相手は洗礼者聖ヨハネ(イタリア名ジョヴァンニ)で、フィレンツェの守護聖人でもある。
イタリア文学に欠かせない詩人・ダンテもフィレンツェ生まれであり、洗礼をここで受けました。
フィレンツェ市民にとっては、自らの原点にも近い、特別な場所となっているのです。
となれば
「この建物のために最高の扉を用意しよう」
と考えるのも自然な流れであり、誰に作らせるか?ということで話題になりました。
こんなとき手っ取り早いのがコンペ。
我こそは腕に自信あり――という職人・技師を募り、アイデアを競い合わせることにました。
1401年、扉の受注を決めるためのコンクールが開催されたのです。
そうだ、コンクールを開催しよう
フィレンツェのド真ん中に位置する洗礼堂――。
その仕事を成し遂げたとなれば、多大な名声を得られ、同時に富も流れ込んできます。
何としてもモノにしたい絶好の機会!
そんな熱い思いを胸に「我こそは」とエントリーしたのは7名おりました。いずれもトスカーナ地方で活動する金細工師や技師たちです。
彼らには、同量のブロンズがそれぞれ支給されました。
指定されたサイズの画面の中で、同じお題を表現し、出来上がった作品をもとに評価が決まります。
お題は『イサクの犠牲』です。
日本人にはあまりピンと来ないタイトルに思えますが、旧約聖書のエピソードの一つで、主人公アブラハムが、神の命令によって愛息イサクを生贄として捧げようとしたところ、寸でのところで天使が止めに入り、イサクは助かる、というお話です。
神様としては、アブラハムの信仰を試すためだったようですが(子供がPTSDを引き起こしそうなテスト内容が心配になったり……)。
このスリリングなシーンをどう表現するか。
人物や自然など、個々のモチーフをどのように如何に設定するか。
制作に与えられた期間はわずか一年でした。
その間、彼らは、時に試作し、時に他の人に意見を求めながら、1402年、ついに審査の時を迎えます。
激突!ギベルティ vs ブルネレスキ!
フィレンツェの威信をかけた大事業。
その一画に参加できるのは、コンペを勝ち抜いたわずか一人の選ばれし者です。
皆が勝負の行く末を見守る中、集まった三十数人の審査員たちによって、候補者は、二人にまで絞り込まれていきました。
決戦に残った二人とは以下の通りです。
◆ロレンツォ・ギベルティ
◆フィリッポ・ブルネレスキ
それぞれちょっと詳しく見ておきましょう。
ロレンツォ・ギベルティ
生没年:1381年頃~1455年(<天国の門>部分)
当時23歳。
職業は金細工師でした。
参加者の中では一番の若手でした。
が、今回のコンクールで是非とも優勝を手にしたい、その気持ちは誰にも劣りません。
制作中も、審査に参加する人々から、通りかかった素人まで幅広く人を呼び止め、作品を見せ、意見を聞きます。
内容次第では、一から作り直すこともやぶさかではなく、要はマーケティングを行いながら、制作に反映させていったのです。
その作品が、こちらです。
繊細で優美な作風。
登場人物たちの衣の襞、服の裾や祭壇には、よく見ると細かな模様が施されています。
人物たちの動きは少ないながら、全体的にバランスが取れていて、落ち着いておりました。
祭壇の上で膝立ちになり、父と視線を交わしながら、自分の運命を受け入れようとしているイサク。
苦悩しながらも、神の命令ならば、と刃物を突きつける父アブラハム。
そこに、上空から天使が現れ、声をかけています。
「アブラハム、もう良い、もう良いんだってば!」
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