その日、歴史が動いた 画家

歴史的名画は盗まれる!『モナ・リザ』やムンクの『叫び』も盗難に遭っていた

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1911年(明治四十四年)8月21日は、あの名画「モナ・リザ」が盗難に遭った日です。

いわずもがな、「万能人」ことレオナルド・ダ・ヴィンチの傑作ですね。

実はこのときの盗難により、この絵はさらに有名になったといわれています。

なんせルーヴル美術館の目玉の一つですから。

 

休館日に服の下に隠し、警備員が席を立った隙に……

結論から先に言ってしまうと、2年後の1913年に絵は戻ってきています。

犯人もわかりました。
イタリア人のビンセンツォ・ペルージャという人物で、
「イタリア人の作品はイタリアにあるべき」
という、ある意自然な考えの元にモナ・リザを盗んだというのです。

ペルージャは美術館の開館中に入り込み、掃除用具入れの中に隠れていました。
そして翌日の休館日にこっそりモナ・リザを壁からはずし、ゆったりした服の下に隠し、さらに警備員が席を立った隙に逃走したといいます。
ルパン顔負けの手際ですね。

その後2年ほど自分の家にモナ・リザを隠していたそうなのですが、そのうち「祖国の誇り」であるモナ・リザをそのままにしておくことに違和感を感じ、イタリアの美術館に売ろうとしました。

そして案の定ペルージャは逮捕されてしまいます。

モナ・リザは一度イタリア中でお披露目されてからルーヴル美術館へ返されるという珍妙な旅をしました。

なんでルーヴル美術館が「はよ返せ」と言わなかったのかが不思議ですが、ペルージャが裁判で「愛国者なら勘弁してやろう」(意訳)という理由でたった半年の刑期で済まされているくらいですから、「里帰りみたいなもんだしいいんじゃない」とか思われていたのかもしれません。

モナ・リザが当時描かれたとき、レオナルド・ダ・ヴィンチはフランス王に招かれてフランスにいたのですが、まあ細かいことは気にしなかったんでしょうね。
陸続きのすぐ隣の国ですし。

しかし、モナ・リザの受難はまだ終わりませんでした。

 

あの『ムンクの叫び』も盗難に遭っていた

第二次世界大戦中には戦禍を避けるため、フランスのあっちこっちにいたので助かったのですが、その後たびたび観客から傷つけられているのです。

酸やスプレー塗料をかけられたり。
石を投げつけられたり。
人間だったら「私が何をしたって言うの!!」と激怒しそうな目に何回も遭っています。

しかも1974年に日本へやってきたときもですから、今も一般公開されているのが不思議になるくらいです。

人為的なもの以外でも、額縁が虫食いで傷んだり、湿度で曲がってしまったりとさんざんな目に遭っています。
これは他の絵画でもよくある話ですが、現在は防弾ガラスに守られているので、もう破損事故や盗難に遭うことはないと思われます。

2004年の8月22日にはムンクの『叫び』と『マドンナ』が盗難被害に遭っています。

マドンナ (エドヴァルド・ムンク)/wikipediaより引用

テンペラ画の『叫び』(1910年)/wikipediaより引用

※ムンクの『叫び』は油彩絵だけじゃなく全部で5点あります

 

有名な美術品たちの受難

実は、美術品の受難というのは珍しい話ではありません。

あまりにもありすぎてキリがないくらいですが、ついでに有名どころをいくつかまとめてみました。

・ミロのヴィーナス(彫像)

もはや説明するのもアホらしくなるくらい有名な、ギリシア文明の粋ともいえる大理石像のひとつですね。

ミロのヴィーナス/photo by Livioandronico2013 wikipediaより引用

ミロス島というところで、1820年に農家の人が偶然発見したといわれています。
当時はまだオスマン帝国が健在であり、ヨーロッパ情勢が複雑だったこともあって、いろいろゴタゴタに巻き込まれました。

最終的にはフランス海軍の人が買い上げて、ルイ18世へ献上し、さらにルーヴル美術館へ寄付されて現在に至っています。

両腕がないことで有名ですが、実は発見当時についていた台座も途中で紛失しています。ひでえ話だ。

ついでにいうと、外国へ貸し出されたことは1度しかありません。
1964年に日本の国立西洋美術館・京都市美術館に来たときだけ……なのですが、このときも一部破損してしまったとか。

日本に責任が問われていないことからして、輸送中のトラブルだったと思われます。
彼女?もついてないですね。

まったくの余談ですが、上記のモナ・リザといい、ルーヴル美術館もよく日本まで貸してくれるものですね。
順番でいえばミロのヴィーナスが来た10年後にモナ・リザが来ているわけですが、どっちでも事故が起きてますし。

他の国に何か貸したときにも事故が起きてるんでしょうか。

 

・サモトラケのニケ(彫像)

こちらもギリシアの石像としてとても有名なものですので、写真やレプリカをご覧になったことがある方が多いのではないでしょうか。
現在は頭部と左腕が失われてしまっており、それでも大きく広がる翼が美しく魅力的な像です。

サモトラケのニケ/photo by Marie-Lan Nguyen wikipediaより引用

「ニケ」とはギリシア神話の勝利の女神のこと。
おそらくギリシア文明の時代には美術品のモチーフになることも多かったのではないかと思われます。

欠損しているとはいえニケの像が現存しているのは極めて珍しいとか。
しかも発見当初は胴体と翼・その他のかけらがばらばらになっていたそうなので、復元できたのも奇跡と言って差し支えなさそうです。右腕はずっと後になってから見つかっているそうですが、技術的に難しいのか、別に保管されているようですね。

本体がそんな状況だったくらいなので、記録も散逸してしまっており、作者や作られた経緯などがサッパリわかっていません。
一応いくつか仮説はあり、共通しているのは紀元前に作られているだろうという予測のみです。

ちなみに映画「タイタニック」のあのポーズはこの像の真似だったそうで。
日本人にはあまりピンと来ませんが、欧米圏の方だとすぐわかったかもしれませんね。

ミロのヴィーナスは高さ203cm、サモトラケのニケは328cmとのことなので、後者のほうがずっと大きいことになります。
並んだら壮観でしょうねえ。

 

・石割り人夫(絵画)

今回お話しする中では、最も悲惨な経緯をたどった作品です。
しかし、そのために世界史の教科書や資料集に記載されていることも多いですね。

ギュスターヴ・クールベ作の『石割人夫』/Wikipediaより引用

フランス人の画家ギュスターヴ・クールベの作品で、ドイツのドレスデン絵画館に保管されていました。
が、第二世界大戦中のドレスデン爆撃に絵画館ごと巻き込まれ、焼失してしまっています。

ドレスデン爆撃について日本ではほとんど知られていませんが、東京大空襲並みの爆撃と考えればわかりやすいでしょうか。
そのためこの絵以外にも被害は大きく、歴史ある宮殿や教会もほぼ全壊の憂き目を見ています。

「神を信じるか信じないか」
「美術品にどれだけの価値を認めるか」

その辺の感覚は個人の自由ですが、作るのに相当の手間隙がかかっていて、なおかつ復元が極めて難しいようなものを壊すのは本当に止めてほしいですね。

信仰や団結、誇りの象徴を壊すというのは戦意を折る有効な手段ですけれども。
だからこそ、平和のためには重んじなければならないのではないかな、とも思います。

長月 七紀・記

【参考】
モナ・リザ/Wikipedia
叫び (エドヴァルド・ムンク)/Wikipedia
マドンナ (エドヴァルド・ムンク)/Wikipedia
ギュスターヴ・クールベ/Wikipedia
サモトラケのニケ/Wikipedia

 



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