2019大河ドラマ『いだてん』のロゴ。
巨匠・横尾忠則さんがデザインしたもので、これがちょっとした騒動を巻き起こしています。
インパクトが強すぎ――そんな趣旨の意見がNHKに寄せられ、一部メディアでは「差し替えの可能性」にも言及しているのです。
◆新作大河『いだてん』のロゴは怖すぎる? 年内で差し替えの可能性も…
1月2日にNHK総合で放送された『カウントダウン!大河ドラマ「いだてん」いよいよ開幕!』という特別番組では、背景にCGで作られたクルクル回る足が大量に設置されているという、かなり狂気じみた世界観となっていた。
<中略>
放送後には「『いだてん』のロゴ怖くない?」、「トラウマになりそう」との声が相次いでいるという。そのため、一部では既に、NHKに対し「ロゴをなんとかしてほしい」というクレームに近い意見が多く寄せられているといい、もしかすると、現状のロゴは放送途中から別なものに差し変わるのではないか、との推測もあるという。
まぁ、確かにインパクト抜群ですよね。
しかし、誤解してはいけません。
このロゴには、ちゃんと由緒正しい元ネタがあります。
ゆえに断言したい。決して差し替えてはなりません!
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世界の巴
いだてんロゴが如何にして作られたか?
それは【由緒正しい元ネタ】を探ってみればわかります。
では、元ネタとは?
西洋紋章の【三脚巴=トリスケル・トリスケリオン】です。
↑こちらはマン島の紋章であり、ど真ん中には『いだてん』ロゴに似た【三本の脚】が見えますね。
「回転対称」という模様があります。
Wikipediaから引用しますと、
nを2以上の整数とし、ある中心(2次元図形の場合)または軸(3次元図形の場合)の周りを (360 / n) °回転させると自らと重なる性質を、n回対称、またはn相対称、(360 / n) 度対称などという。たとえば、n = 3 の場合、120°回転させると自らと重なる3回対称となる。
このn=3が「巴(ともえ)」となります。
「巴」の紋章というと、日本オリジナルだという認識の方が大半かもしれません。
しかし、世界的にも古くから使われてきたもので、ざっと例を挙げてみましょう。
まずはコチラ。
シチリア島から発掘された壺で、古代ギリシャ戦士の盾に巴が見えますね。
お次はギリシャのミケーネから発掘された壺です。
ちょっと変わったデザインですが、同じく巴。
古代ケルトの円盤にも、
わかりやすい三つ巴が使われていました。
ポルトガル・カストロ文化の遺跡は
ともすれば日本の建築と勘違いしてしまうかもしれません。
お隣の朝鮮半島でも
三色太極は定番であります。
ここでハッキリと断っておきたいのは……。
『いだてん』のロゴが「マン島やパクリだ!」という指摘も、単なるイチャモンに過ぎないということです。
元をたどれば、紀元前まで辿り着くデザインです。
そんな超古典的な紋章をモチーフにしてパクリというのはナンセンス。
誰も、市松模様や千鳥格子のファッションに対して「パクリだ!」と文句をつけませんよね。
それはお門違いな行為なワケです。
まだまだあるぞ!オモシロ紋章
三脚巴を「気持ち悪い」とか「怖い」と騒ぎ立てるのも愚かな行為。
自身の無知をさらけ出すようなものです。
西洋紋章の世界は広く、様々なカタチのものがございます。
スペイン・パストラナなんか、頭蓋骨が入っております。
同じくスペインのア・コルーニャも、頭蓋骨入りです。
海賊旗や軍隊の紋章ならばまだ納得できるでしょう。
しかし、西洋では都市の紋章にも頭蓋骨が入るのです。
それ以上に、独特の味があるのは、ソビエト連邦やロシアの都市でしょう。
とにかくもうド派手。
いろんな要素が盛り込まれていて、何がなんだかワケわからん感じになってますよね。
次の一枚は、ソ連の秘密都市であったジェレズノゴルスクの紋章です。
ロシアのモチーフであるヒグマが、原子力を制御する――。
そんな心意気のソ連を、そのまんま紋章にしちゃったパワーが凄まじい。
独特の世界観は、次のアバザ地域も同様。
エプロンをしたヒグマから漂う、ソ連の労働者感覚。
手にしたのはハンマーと、そして巨大な槍です。なんだかソ連っぽい無骨さが滲んでますなぁ。
ヒグマだけでも恐ろしいのに、武装してますからね。
これに比べたら三脚巴なんて地味なもんでしょう。
結論:そこにあるのは不屈の闘志
紋章の世界は広い。
一々動揺してはなりません。
話を三脚巴に戻しますと、そのデザインが世界的支持を得ている上で、もう一つ疑問が湧いてきます。
「巴はいいとして、いだてんロゴも、ナゼ脚になっているのか?」
これは単純に、
テーマに合わせた――
でよろしいのではないでしょうか?
他に、三脚巴が紋章となった例を確認してみましょう。
◆イタリア・シチリア島
真ん中に顔もあり、圧倒的なインパクト!
これを見てもまだ『いだてん』のデザインがおかしいと言えますか?
◆イギリス・マン島
以下のように、15世紀に建てられた建物の窓には、もう三脚巴が使用されております。
実はこういった使用例は15世紀以前から確認でき、シチリアとの関連も推測されているとか。
このマン島の場合、真ん中に顔がないぶん、インパクトも弱くなっています。
デザイン的には、こちらの方が『いだてん』に近く、正式な紋章は以下のようになります。
西洋の紋章(Coat of Arms)には、以下のように一定の様式があります。
紋章 | 中央部にあるシンボル |
クレスト(冠部) | 王冠の部分 |
サポーター | 左右両側で支えるシンボル。紋章の対象に関係している動物や霊獣であることが多い |
モットー | 中央のリボンに書かれているもの。モットーや目指す目標を示す |
この法則をマン島の紋章に当てはめてみると、こうなります。
紋章 | 三脚巴 |
クレスト(冠部) | 通常の王冠 |
サポーター | 左はハヤブサ、右はカラス |
モットー | ”QUOCUNQUE JECERIS STABIT”( 英: "whithersoever you throw it, it will stand", または"whichever way you throw, it will stand" 投ぐればいずくにでも、立たん) |
以下は、現エリザベス二世のものですが、ややこしいことに、即位前、イングランド、スコットランド、カナダで異なります(場合によっては即位中に変わることも)。
表でマトメておきましょう。
紋章 | イングランド王を示す赤字に金の獅子、スコットランドを示す金に赤い獅子、アイルランドを示す青地に竪琴(※ちなみに一時期、フランス王を示す青地に金色の百合もありましたが、ナポレオンの台頭により削除されました) |
クレスト(冠部) | 聖エドワード王冠(イギリス王冠) |
サポーター | 左はイングランドを示すライオン、右はスコットランドを示すユニコーン(※スコットランド版の場合、左右が逆になります) |
モットー | "DIEU ET MON DROIT"(英: God and my right、神と我が権利) |
西洋紋章の考証は非常にデリケート。
ルールがややこしいうえに、現地のマニアが目を光らせているため大変です。
歴史創作界隈のみなさん、うかつに触ると大やけどをしますので、ご注意ください。
さて、ここで注目したいのはマン島のモットーです。
モットー:QUOCUNQUE JECERIS STABIT
訳:どんなに投げられようと、必ず立ってみせる——
ナルホド。
巴のように三脚があれば、倒れようとすぐ立ち上がることができる。
七転び八起き精神がある――と考えてくると、『いだてん』の主役である金栗四三や田畑政治にピッタリじゃないですか。
五輪への夢を追い続け、何度も挑戦する金栗。
彼は半世紀以上を経て、ストックホルム五輪のゴールを果たしました。
日本初の五輪マラソン選手・金栗四三~初の「箱根駅伝」も開催した92年の生涯
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田畑政治も、潰えたはずであった東京五輪という夢を追いかける、そんなタフな精神です。
田畑政治の生涯 いだてんもう一人の主役とは?【東京五輪前に辞任】
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もちろん日本に五輪を誘致した嘉納治五郎もそうでしょう。
※結果的に『幻の東京五輪』となってしまいますが……
日本柔道の祖・嘉納治五郎がオリンピックの誘致に賭けた情熱 77年の生涯とは
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何度考えてもピッタリじゃないですか!
いだてんロゴをデザインした横尾忠則氏。
マン島の三脚巴とそのモットーを念頭に置いていたのだとすれば、流石と言うほかありません。
『いだてん』というドラマも、困難に耐えて何度でも立ち上がる、そんな姿が描かれる模様です。
だとすれば、その精神性は極めてマッチしたものなのです。
パクリだの、気持ち悪いだの。
そんなディスりを見かけたら、紋章の歴史を習うようオススメすると良さそうです。
文:小檜山青
【参考文献】
『ヨーロッパの紋章・日本の紋章 (シリーズ 紋章の世界)』(→amazon)