日本人にとって教育と言えば、長らく【儒教の経典】を読むことでした。
現在も儒教をあちこちで目にします。
15才を示す「立志」、40才を示す「不惑」。
何気なく見かける言葉もその一つで、日本からその影響を消し去ることは不可能でありましょう。
でも、そもそも儒教って何なの?
本稿では儒教について、わかりやすいようにおさらいしてみたいと思います。
儒家の元祖は「周」が理想
すべての儒家の祖は、孔子とされています。
※映画『孔子の教え』
孔子の生きた春秋時代は、多くの国が分裂し、激しい争いを繰り返す時代でした。

群雄割拠の春秋時代/photo by Yeu Ninje wikipediaより引用
生涯をその苦難の中で過ごした孔子。
政争に巻き込まれ、弟子たちを失い、自分の理想とは何か追い続けながら、74年の長い人生を生き抜きます。
その孔子がまとめたものが、魯国に伝わっていた「周(BC1046年頃-BC256年)」の古い礼制です。
周こそ理想の時代とみなし、その思想を伝えることが孔子の理想でした。
様々な思想家のいた春秋戦国時代
中国の春秋戦国時代は、様々な思想家がおりました。
「諸子百家」と呼ばれる状態です。
その中で、儒教は「ワン・オブ・ゼム」に過ぎません。
全国を統一した秦の始皇帝は、法家思想を採用。
儒家の徳治主義に対して、法治主義をとったのが法家思想です。
この思想、たしかに合理的ではあったのですが、秦での適用は厳格過ぎて、人々の評判は最悪でした。
秦に仕えた法家の中には、非業の死を遂げた者もいます。
商鞅(しょうおう)は、八つ裂き。
李斯(りし)は、腰斬。
彼らは人々から同情されるどころか、
「やたら厳しい法律を作るから、自分で制定した酷刑で死ぬんだよ、ざまぁw」
と思われてしまいました。
要するに法家は、嫌われ者だったんですな。
漢の時代に広まる
秦を滅ぼした漢の劉邦は、お行儀の良さとはむしろ無縁の人物でした。
特に、堅苦しい学級委員長みたいな儒家のことが大嫌い。
儒家の冠にワザワザ小便を引っかけたこともあります。
そんな劉邦に、陸賈(りくか)という儒家は辛抱強く、儒教の経典を読み聞かせました。
「うっせーよバーカ! 俺は馬上から天下を取ったんだぞ、儒教の経典なんざ、屁のつっぱりにもならねえわ」
冷たくあしらわれても、陸賈はめげません。
「馬上から天下を取ることはできましょうが、馬上で天下を治めることはできるのでしょうか。秦だって仁義に則り、古代の聖王を見習っていたら、天下をまだ失っていたかもしれませんよね」
「あー……お前、学あるな。言われてみればそうかも」
劉邦もこの理屈には納得。『そういえば……』と考えたのでした。
礼法が君子を作る
「俺の家臣も、儒教を学べばおとなしくなるんじゃね?」
劉邦には悩みがありました。
元々は威勢のいい兄ちゃんである劉邦と、それに付いてきた家臣たち。
堅苦しい秦の法律は廃止しており、彼らは昔の兄ちゃんノリで振る舞ってしまうのです。
特に酒が入る宴会の席では、
「俺のおかげで天下取れたようなもんやろー!」
「俺だって強かったぞおおお!!」
と暴れたり、叫んだり、剣をぶん回したり、ともかくマナーがひどい。
そこで劉邦は、陸賈ではなく叔孫通(しゅくそんとう)という儒家に声をかけます。
「なんつうかよ、俺らストリートから天下取ったじゃん? だから礼法(マナー)ってもんがなってねえの。あんまり小難しくなくていいんだけどよ、もうちっとあいつらに、行儀作法ってもんを教えてやってくれねえか」
「よござんす。私がしっかりと礼法を教えましょう。礼法が君子を作るのです」
とまぁ、かように儒教流マナーを広めることになったのです。
儒教は、戦乱の世には1ミリも役に立ちません。
しかし、天下が安定した後は、人心を安定させて礼儀を学ばせる思想として、大変有用なものでした。
それゆえ漢代の後も、中国の各王朝に受け継がれてゆくのです。
儒教の基礎中の基礎
それでは、儒教の考え方とはどのようなものでしょうか。
「君子」をめざし、「小人」にはならないようにしよう!:儒教で理想的な生き方とされたのが「君子」であり、その逆が「小人」です。身分ではなく、生き方に徳があるかどうかが判断基準となります
「仁」を持とう!:「仁」とは、人を思いやる心です。誠実で、思いやりを持つことを目指そうというものです
「孝」を忘れない!:「親孝行」のこと。自分の親への敬愛を忘れないということです
「礼」を保とう!:ただカタチだけ丁寧なふるまいをするのではなく、誠心誠意でもって相手に丁寧な態度を取ることを理想とします
「道」を歩もう!:「道」というのは、国家や社会が理想的な状態に保たれていることです。そんな理想社会の実現を目指しましょう
「文」を尊ぶ!:文化や文芸を大切にしましょう
「鬼神」を語らない!:「鬼」は幽霊のこと。幽霊のようなオカルトじみたことを語らない、惑わされないということです
「狂」:何かにハマってもいい! この場合の「狂」は、「狂った」とか「狂人」という趣旨ではなく、情熱をもって何かに取り組むことを指します
いかがでしょう?
なんだか普通というか、そんなの当たり前じゃん!という項目が多いんですよね。
例えばオカルトに対する禁止なんて
「君子ならオカルトじみたあやしいことは話すべきじゃないよ(子は怪力乱神を語らず)」
という言い方です。
占い師やまじない師は追い払えとか、殺せとか、そういう物騒なことは言っていません。
儒教は、あまり極端なことは教えていないのです。
儒教には、確かに悪影響を及ぼした部分もありますが、そういう場合は大抵、
・運用を厳格化し過ぎ
とか、
・変な解釈をされた
とか、そういうことであって、前述の法家思想も教えそのものがマズかったワケではありません。
例えば「孝」という思想そのものは、素晴らしいものと誰もが感じるでしょう。
ただ、その気持ちを示すために、服喪期間が3年もあったら?
前近代の中国では、父母や祖父母と言った直系尊属が死亡した場合、25ヶ月間服喪せねばならない「丁憂」という制度がありました。
服喪制度は権力闘争にも利用され、【服喪期間を守らない】という名目で弾劾された政治家もいます。
こういうのは、どう見たって行き過ぎた運用。
基本に立ち返りますと、儒教の経典というのは名言と人生のエッセンスに満ちあふれているのです。
たしかに「女子と小人とは養い難し」という考え方のように、現代人からすれば差別的な考え方もあります。
ただ、男尊女卑はどの文化や宗教にもあるのでして、儒教だけを批判するのも筋違いです。
女は男に劣り、従うべき存在であると説く教えは、何も儒教だけではありません。
「儒教」が呪い云々は、こじつけでは?
冒頭、ベストセラーの話に戻ります。
儒教はそれを学んだり、実践したりすると、呪いがかかる類いの危険思想ではない――それが当たり前と感じる方が大半とは思いますが、一応、それが私の意見です。
儒教文化圏というのは中国と韓国だけではありません。
日本や台湾をはじめ、ベトナム、香港、マカオ等、東アジアの広い範囲において影響を与えています。
よって、中国と韓国は儒教でおかしくなったけど、日本はそうではないと言い張るのは、あまりにご都合主義。
長い間、儒教を学んできた、
【日本の歴史をも否定するような言葉】
にも思えて、残念さが湧いてくるのです。
なぜ、そんな極論が出されたのか?
というと中国と韓国批判ありきで、両国の共通点を探していたところで【儒教】にこじつけた――それが私の率直な感想です。
・米食文化
・箸
・漢字
等ですと、さすがに日本を排除するのは苦しい。
そこで『儒教だ!』となった、という印象です。
もしも中国と韓国にあって、日本では普及しなかった社会システムを探していたのであれば、
・科挙
・宦官
あたりの方がまだ説得力もありそうなんですけどね。
余計なお世話ですけど。
★
儒教に関する名著はたくさんあります。
生きて行くうえで役立つ名言も、その中には含まれています。
今年は良質な儒教関連本を読み、教養と生き抜く智恵を身につけてみてはいかがでしょうか。
文:小檜山青
【参考文献】
『論語入門』井波律子