友人曰く。
「おにぎりをラップでくるんで握っていたら、そんなの愛情が足りないって言われてさ。ラップを使うから食中毒が減ったんですよ、と言っても聞いてもらえなかった」
思わず『そうだよなぁ』と深くうなずく私。
暑い季節に食べるお弁当、とりわけおにぎりが原因で食中毒になるケースはかなり多いのだそうです。愛情とかそんな問題ではありません。
なんせ手の洗浄が不十分で起こる被害が食中毒程度ならまだマシ。
昔は「不潔な手」の結果、死んでしまう例もたくさんありました。
皆様に清潔な手を保ってもらうためにも、不潔な手がもたらした歴史的悲劇をふりかえってみたいと思います。
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手洗いの重要性を説いたセンメルヴェイス
現代の医者は清潔な衣服で、治療前はきっちり手を消毒します。
血まみれの格好で病院内をうろつく医者なんて、到底、許されないはずです。
しかし、昔はそうではありませんでした。
これ見よがしに血塗れのスモックで歩き周り、血と膿の臭いをプンプンさせてこそ医者である! そう主張する人も多かったのです。
こうした歪んだ主張に真っ向から異を唱え、不幸な人生を送った医師がいます。
19世紀、オーストリアのウィーン総合病院産科に勤務していたセンメルヴェイス・イグナーツ。
彼はあるとき、こんなコトに気がつきました。
『なぜ病院での出産は危ないのか?』
実はこの時代、妊婦は自宅での出産を選びました。その方が死亡率は低く、はるかに安全だったのです。
そこでセンメルヴェイスはあることに気づきます。
「午前に赤ん坊を取り上げた医者が、そのまま午後別の赤ん坊を取り上げる。これは不潔じゃないか? そのせいで妊婦や赤ん坊が死んでいるのではないだろうか」
妊婦の死体には白くどろどろしたものが詰まっていました。
不潔な施術のために膿が出ていたのですが、当時の人々は霊気か何かだと信じていました。
センメルヴェイスは細菌の知識はありませんでしたが、不潔さが産褥死の原因であると判断しました。
精神病院に入院させられ……
センメルヴェイスが手の洗浄を求めると、同僚の医師たちは鼻で嗤い、学会は説を否定しました。
血まみれのスモックで歩いて何が悪い、それでこそ医者じゃないか、というわけです。
それにたとえ正しかったとしても、いや正しいからこそ、
【人を救うハズの自分たちの手がかえって死を招いていた――】
とは受け入れがたかったのでしょう。
一方、反対する者ばかりではなく、センメルヴェイスの考えに共感した柔軟な医師たちは、手の洗浄を行い、その結果、産褥死を大幅に減らすことに成功しました。しかし……。
「そうか! センメルヴェイスは正しかったのか!」
残念ながら、そんな結果にはなりませんでした。
むしろ「センメルヴェイスの考えはおかしいのだ、正しくない」、そう思った方がよいと考えたのか、あろうことか彼を危険人物扱いし、1865年には精神病院に入院させたのです。
彼は不名誉な状態なままひっそりと亡くなりました。
その功績が評価されたのは、彼の死後でした。そして……。
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