捕鯨船エセックス号

『白鯨』の挿絵/wikipediaより引用

アメリカ

クジラに襲われ海を漂流~小説よりエグい捕鯨船エセックス号の恐怖

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「帆だ……帆が見えるぞ!」

3名は持てる限りの力をふりしぼり、イギリス船籍の商船に追いつきました。ボートから引き揚げられた彼らに、相手が尋ねます。

「一体きみたちは何者なんだ?」

チェイスはやっと答えました。

エセックス号……捕鯨船……ナンタケット」

長い地獄が、やっと終わりました。

 

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死の籤引

もう一艘は、ポラード船長ら8名が乗り込んでいました。

こちらはチェイスほど厳格に食糧管理をしなかったのか、1月20日には食料が尽きています。

そしてこの頃から続けて体力の尽きた者たちが、4名亡くなりました。

彼らもまた人肉食を選ぶほかありませんでした。

生存者4名は僅かな肉を分け合っていましたが、それもやがて尽きました……彼らは黙りこくっていましたが、同じ事を考えていました。

「誰か一人を犠牲にして生き延びよう……」

最年少16才のラムズデルが、そう提案します。

こういうとき、船乗りの掟では、くじ引きで犠牲者を決めることになっていました。

しかしポラード船長は首を横に振ります。

「そんなことできるか! 私が死んだら、食料にしてくれ」

ナンタケットの人々はクエーカー教徒でした。彼らは殺人も、くじ引きのような賭け事も嫌っていたのです。

「彼の言う通りだと、俺も思う……」

そう賛成したのは、ポラード船長の従弟に当たる18才のコフィンでした。

従弟に言われては、もはや船長といえども反対できませんでした。

4人は運命のくじを引きます。そして……コフィンが印のついたくじを引きあてたのです。

ポラード船長が悲痛な声をあげました。

「よりにもよってお前だなんて! 私が身代わりになる! お前に触れる奴がいたら殺してやる!」

しかしコフィンは「俺は不満なんてないよ」と言います。

ポラードをモデルにした『白鯨』のエイハブ船長/wikipediaより引用

次のくじ引きは、コフィンを殺害する者を決めるものでした。

今度の当たりは、ラムズデルです。

自らの提案であるにも関わらず、彼は拒みました。ラムズデルにとって、コフィンは親友であったのです。

ラムズデルは抵抗していたものの、やがて覚悟を決めました。

コフィンは、母親宛のメッセージをポラード船長に託しました。

「くじ引きは公平だった……」

コフィンはそう言い、静かに頭をボートの淵に乗せ、撃たれました。

息絶えた少年の体は、あっという間に解体され、食料と化しました。

ポラード船長とラムズデルは、コフィンとこのあと亡くなった一人の肉を喰らい、骨を砕き、その髄液をすすりながら生き延びていました。

1821年2月23日。

エセックス号沈没から94日目。

ナンタケット発の捕鯨船が彼らを発見したとき、骸骨のような二人は骨をかじりながらうつろな目をしていて、何が起きたかもわからない様子でした。

それでも彼らは、生存したのです。

 

白鯨の上梓

こんな恐ろしい目にあったら海を見るのも嫌になりそうですが、ポラード船長以下、ナンタケットで生まれ育った海の男です。

彼らは回復するとまた海に戻りました。

チェイスは事件を記録した『捕鯨船エセックス号の驚くべき悲惨な難破の物語』という回想録を発行しました。

この回想録を読み、インスピレーションを受けたのが、作家のハーマン・ネルヴィルです。

彼は凶暴な白鯨に挑み続ける男を描いた小説『白鯨』を発表しました。

『白鯨』の挿絵/wikipediaより引用

ちなみに鯨の襲撃で沈没させられた船は、エセックス号だけではありません。

このほかにも7件の記録があり、もっとも近年では1999年となります。

エセックス号の沈没――。

それは大自然の深淵さと人間の生……そんなことを痛感させられる悲劇であります。

なお、この事件を基にした映画『白鯨との戦い』は2015年に公開されています。

 

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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link

【参考文献】
ナサニエル・フィルブリック/相原真理子『復讐する海―捕鯨船エセックス号の悲劇』(→amazon

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