ヴィクトリア女王

ヴィクトリア女王/wikipediaより引用

イギリス

ヴィクトリア女王ってどんな人? 大英帝国全盛期の象徴と人間くさい素顔

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「女王」だけではなく「女帝」へ

ヴィクトリアは女王として有名です。

そして同時に、インドの「女帝」という称号も持っていました。

大英帝国の女王として君臨していたヴィクトリアには、ある不満がありました。

同じ君主でありながら、皇帝の方が王より格上とされていたことです。

ロシア、そしてプロイセンごときが「皇帝」を名乗り、英国女王より格上であるなんて、ヴィクトリアには許せません。

彼女の娘はプロイセンに嫁いでいます。

その娘が産んだ外孫の方が、直系の孫よりも「格上」になるなんて、我慢がならないことでした。

1876年、ヴィクトリアは首相のディズレーリをせっついて、「女王にして女帝のヴィクトリア」という称号を名乗れるよう、法案を提出させ、議会を通過させます。

「女帝」という称号はイギリス国民にはなじみがなく、あまり人気はありませんでしたが、ヴィクトリアのプライドには「女王」の称号だけでは足りなかったのです。

 

「諸君、さあ一服楽しもうじゃないか!」

女王だけではなく、女帝としての称号を手にしたヴィクトリア。

1901年、20世紀という新しい世紀を迎えたその年、ヴィクトリアは64年近くに及ぶ長い統治を終え、81歳と7ヶ月という長い人生を終えます。

イギリスの君主としての在位期間は、2015年にエリザベス2世が破るまで最長でした。

親の統治が長いということは、皇太子にとっては重荷でもあります。

偉大な母が世を去り、自身が戴冠式を迎えた晩。今やエドワード七世として即位した彼は、晩餐会に出席した賓客たちにこう声を掛けました。

「諸君、さあ一服楽しもうじゃないか!」

煙草を毛嫌いした母親への嫌味がこめられた一言です。

エドワード七世が統治した第一次大戦前夜の時代は、明るく開放的な「エドワード朝時代」として記憶されることになります。

こののちイギリスは、二度の世界大戦と植民地の独立によって、「日の沈まない帝国」としての役割を終えます。

かくしてヴィクトリアの統治していた19世紀こそ、大英帝国全盛期でした。

その象徴であったヴィクトリアは、輝かしい女王として人々の記憶に残り続けるのです。

 

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文:小檜山青

【参考文献】
『ヴィクトリア女王―大英帝国の“戦う女王” (中公新書)』(→amazon

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