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一筋縄ではいかない火の国制覇 やはり佐々成政は生け贄だったか……【戦国boogie-woogie vol.110】

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一説に25万ともいう大軍を率いて九州へ上陸した豊臣秀吉。
茶器の名物「楢柴肩衝(ならしばかたつき)」を手に入れ(詳細)、薩摩の島津を圧倒的火力で粉砕し(詳細)、当主の義久を大坂に住まわせるなど、彼の地は完全に制覇――。
と思わせる一方で、少なからず不自然な人事異動も行われた。
佐々成政の肥後国統治である。
北陸で頑強に秀吉に対抗し、剃髪して最終的には許された佐々成政は、その後、許されて御伽衆(お話相手・相談役)となっていた。
そして九州遠征での功を買われて肥後国を任されることになった。
アクの強い九州の地侍たちが多い土地で成政は果たして……。

 

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絶対、検地すんなよ、絶対だぞ!

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◆九州肥後は国人たちのアクが特に強い土地柄。大軍を率いてこれを一応制圧した秀吉は成政に対し、強引な統治を当面慎むよう伝えたといいます。
しかし、成政はあっさり破り、年貢徴収のため検地を進めてしまいました。
最終的には国人たちも言うことを聞くと思い込んでいたのか。あるいは反乱されても簡単に打ち破れると考えたのか。
合戦のためなら真冬の雪山をも越えてしまうど根性の成政だけに……。

 

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戦国boogie-woogie20160409-2
◆もとより中央の大名・武将たちに対し、よからぬ感情を抱いていたのかもしれません。
肥後・国人たちの反乱は留まるところを知らず、いよいよ成政は追い込まれていくのでした。
鼻息荒い武士たちが多いところへ、猛将・成政を投じた秀吉。こんな展開になることが想像できなかったんでしょうかね……。

 

即座に投じた鎮圧軍は立花夫婦に毛利にご奉行……

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◆肥後鎮圧のため、秀吉が派遣させた武将たちは、そうそうたるメンバーでした。
西の最強武将と自ら賞賛した立花宗茂とその妻・誾千代。さらには小早川隆景に鍋島直茂、安国寺恵瓊などの有名武将に始まり、毛利家当主の輝元まで。
まさしく西日本のオールスターでした。

 

策士・安国寺恵瓊、策に気づいても気づかぬフリ

戦国boogie-woogie20160409-4
◆肥後の反乱は、その後間もなく鎮圧され、佐々成政は責任を取って自害となりました。
北陸の反乱でもこれを生かし、太閤としての器の大きさを見せつつ、即座に責任を取らせ、結局、肥後は秀吉子飼いの加藤清正と小西行長に預けられます。
これが後の名城・熊本城に繋がるのですから現代人にとっては面白い展開となりましたが、成政にとっては無念な最期だったかもしれません。
南無。

 

(来週へ続く)

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