こちらは2ページ目になります。
1ページ目から読む場合は
【海北友松】
をクリックお願いします。
お好きな項目に飛べる目次
お好きな項目に飛べる目次
友松の作品「雲龍図」は建仁寺にあった
絵画の道に生きた友松は、数々の名画を生み出していきます。
でもやはり本望ではなかったのか「オレ、やっぱり芸術家よりも武家として生きたかったよ。年取っちゃったけど、まだどこかにチャンスないかなあ」なんてボヤキが残されています。
未練を抱えていながらも、重要文化財級の絵画を描けたのですから、秀吉の見立ては当たっていたのでしょうね。
そんな友松のお墓は、京都の建仁寺というところにあります。
友松の作品のひとつ『雲龍図』が有名ですね。

建仁寺雲竜図
ここは教科書や資料集によく載っている『風神雷神図』もあるお寺です。

建仁寺の『風神雷神図屏風』(絵・俵屋宗達)/wikipediaより引用
ちなみに、友松のお墓の隣には親友・斎藤利三のお墓もあります。
「オレが死んだら、友達の隣に墓を作ってくれ」と言い残していたそうです。
雲竜図などの名画は、もしかすると利三供養の意味もあったのかもしれませんね。
本望ではなかったものの、人に見出されて立派な作品を残した友松。
我々凡人から見たら羨ましい限りですが……。
あわせて読みたい関連記事
-
信長を裏切り滅ぼされた浅井長政 29年の儚き生涯 その血は皇室へと続いた
続きを見る
-
小谷城の戦い(信長vs長政)で浅井滅亡~難攻不落の山城がなぜ陥落したのか
続きを見る
-
尾張の戦国大名・織田信長49年の生涯~数多の難敵と対峙し天下人になるまでの道
続きを見る
-
信長の妹・お市の方の生涯~浅井に嫁ぎ勝家と共に自害した波乱の一生を振り返る
続きを見る
参考
- 『国史大辞典』(吉川弘文館, 書籍版刊行: 1979–1997, 全15巻17冊)
ジャパンナレッジ: 公式ページ - 京都国立博物館「桃山の絵画」
リンク (最終閲覧日: 2025年8月28日) - 「海北友松」『ウィキペディア日本語版』(最終閲覧日: 2025年8月28日)
記事ページ