北条氏康/wikipediaより引用

北条家

1万vs8万で劇的逆転! 河越城の戦い(河越夜戦)の北条がスゴすぎる

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河越城の戦い(河越夜戦)
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相手がダレたところに様々な計略を施して

彼は当初この絶望的な包囲網に対し、8,000程度の兵しか率いて来ず失笑を買いました。

まぁ、包囲側は名門の名を振りかざしてあっちこっちから人数をかき集めたのに対し、後北条氏だけではそもそも兵の集めようがないです。

しかし、後北条氏は不利な状況だからこそ準備に余念がありませんでした。

河越城を守っていたのは氏康の義弟・北条綱成で、いざというときのために食料を備蓄していたので、しばらくの間持ちこたえることに成功します。日頃の備えってホント大事ですね。

対して、楽勝なことが全軍にわかりきっていた包囲側は次第に戦意がなくなってきます。平たく言えばダレてきます。

第一志望に受かった後の受験生みたいですね。内定が出た後の大学生のほうが近いでしょうか。

こうなると戦力関係なく気の弛んだほうが負けるのはお約束ですが、軍紀を引き締めようとする人とかいなかったんですかね。

この状況を見た氏康は、「やりようによっては勝てる」と考え、計略を巡らせます。

偽りの降伏を持ちかけたり、適当に兵を退いたりして「ワタシ達は戦うつもりなんてありませーん★」と見せかけました。

ホントに戦意がなければそもそも兵を連れてこないはずなんですが、包囲側はあっさりこれに騙されてしまいます。何やってんだか。

 

氏康「みんな裸になれー!」兵士「アッー!」

そして準備が整った4月20日深夜――氏康は兵を四隊に分け、鎧や兜を脱がせました。

夜+戦といえば奇襲です。

どう考えても多勢に無勢なこの状況。しかも相手は油断しきっているとくれば、夜襲ほど効果的な策はありません。

そして身軽に動く・敵に動向を悟られないためには、音を立てやすい装備は外してしまったほうがいいと考えたからです。

氏康は動きました。

抜き足差し足で包囲軍に攻めかかったところ、面白いほどの大混乱が起きます。

「こんなに優勢な俺達が負けるわけはない」と考えていた包囲軍はバケツいっぱいの蜘蛛の子を散らしたような状態でした。……気持ち悪い例えでスンマセン。

その結果は?

・扇谷家の当主が討死するというまさかの事態

・山内家は当主こそ無事だったものの、重臣を何人か失う大損害

・古河公方軍は城から打って出てきた綱成にコテンパンにやられて敗走

・包囲軍の死傷者、13,000~16,000(=後北条氏の全軍より多い)

いくら気が緩んでたとはいえ、どこの家も見張りくらい立ててたでしょうにこの有様です。何がどうしてこうなった。

もっとも、この戦に関しては記録がハッキリしていない点も多いので、全てが事実であるかどうかはちょっと怪しい面もあります。

いずれにせよ、この戦いの後当主を失った扇谷家はあっさり滅亡。

山内家も衰退して元は家臣筋であった長尾景虎(後の上杉謙信)を頼るハメになったことは事実です。

また、古河公方家についてはいろいろややこしい経緯があるのですが、端折っていうと最終的に「名門(笑)」的な扱いを受ける凋落ぶりでした。

こうして「室町幕府のお墨付きだから俺たちはエライんだ!」とほざいていた家は一気に姿を消し、代わって後北条氏などの戦国大名が表舞台に出てくるようになります。

同時に武田信玄や上杉謙信が登場するので、落ち着くのはやっぱり豊臣秀吉が【小田原征伐】を終える頃の話ですけども。

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気の緩みを利用して名門を打ち破った後北条氏が、自らもまた小田原城の堅牢さその他への慢心によって滅びたというのは、また因果な話ですね。

このくらいの機転を利かせていれば、もうちょっと粘れて面白いことになっていたでしょうに。

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長月七紀・記

【参考】

国史大辞典
『戦国時代の終焉 - 「北条の夢」と秀吉の天下統一 (中公新書(1809))』(→amazon
河越城の戦い/wikipedia

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