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信長公記 寺社・一揆

信長に従った前波吉継が自害!そして越前一揆が始まった~信長公記106話

織田家と激しく対立し、幾度も信長をピンチに陥れた浅井長政朝倉義景

しかし天正元年(1573年)。
武田信玄の死もあり、東からのプレッシャーが激減した信長があらためて攻め込んでいくと、浅井も朝倉も滅びてしまいます。

浅井の領国だった北近江は、主に豊臣秀吉らに任され統治が進んでいくのですが……問題は越前でした。

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越前の守護代・桂田長俊(=前波吉継)

天正二年(1574年)1月19日、越前からの急報が信長に届きました。

「越前の守護代・桂田長俊(=前波吉継)が、地侍たちに追い詰められて自害した」

長俊は元々朝倉氏の家臣で、織田信長が越前を攻めた際に降り、道案内役を務めました。
その褒美として、朝倉氏滅亡後の守護代を任されていたのですが……。

他にも多くの朝倉家臣が織田家に降伏しており、彼らから見れば、長俊だけが頭一つ抜けた構図。
それだけでも面白くないのに、長俊が地侍たちに無礼な態度を取り続けていたため、不満が積もり積もって爆発したのでした。

そして、そこからさらなる大問題が勃発します。

このドタバタを好機と見た越前の一向一揆勢が蜂起し、越前が一揆勢の支配権になってしまったのです。

当然、信長としてもこれを放置しておくわけにはいきません。
すかさず丹羽長秀羽柴秀吉、不破光治などを鎮圧に向かわせました……というところで、信長公記のこの節は終わっているのですが、もう少しこの後の流れを補足しておきましょう。

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朝食に招くと見せかけ魚住を殺した長繁

この件の首謀者は、富田長繁という男です。

彼も元朝倉家臣であり、信長の越前討伐の際に織田家へ降伏し、以降は織田家臣になっておりました。
つまり、長俊とは似たような経歴なのです。

当然、長繁も、織田家で厚遇されている長俊に反感を抱いておりました。
また、長俊も長俊で「富田長繁の待遇は良すぎます」などと信長に訴えていたため、文字通り【犬猿の仲】だったのでしょう。

そして長繁は、長俊に反感を持つ者たちを集めて追い詰め、自害させるのです。

長繁は「この機会に越前一国を手に入れよう」と画策。
北ノ庄の代官らを攻めて追放し、毛屋猪介に同地の守備を任せました。

が、その次の行動が彼の命を縮めました。

同じく旧朝倉家臣だった魚住景固うおずみかげかたを必要以上に警戒しており、朝食に招くと見せかけ魚住を殺してしまったのです。
さらに翌日には、魚住氏の居城・鳥羽野城にまで攻め込み、一族丸ごと滅ぼしてしまいました。

景固にも一族の者にも特に落ち度はなく、そもそも長繁と対立していたわけでもありません。
また、景固は朝倉氏に仕えていた頃から奉行として働いており、領民からも慕われていました。

そのため、首謀者の長繁は

住民たちからは
→「良いお殿様をいきなりだまし討ちした極悪人」

同志だったはずの旧朝倉家臣たちからは
→「自分だけオイシイ思いをするためなら、味方を殺すことも辞さない奴」

とみなされてしまいます。

 

背後から味方に撃たれて命を落とす

魚住氏を滅ぼしてしまったたことで、長繁は民衆からも同じ旧朝倉家臣からも警戒され、孤立。そこで長繁は民衆に有利な禁制を出すなどして、支持を得ようとしました。

しかし、逆に

「長繁は信長に朱印状をもらって越前守護になるつもりだ」

という噂を立てられ、さらに警戒されるようになってしまいます。

こうして旧朝倉家臣を始めとした一揆勢は、長繁と手を切って新しい首領を担ぎ上げることにしました。

それが加賀にいた一向宗の僧侶・七里頼周しちりよりちかです。

彼は本願寺の命令で加賀一向一揆のリーダーを務めていました。
当然、彼が動くからには多くの一向宗徒も同行するわけで、一気に数が膨れ上がります。

2月には【長繁軍vs一向一揆軍】という構図で本格的合戦へ。
数では一揆軍が有利でしたが、戦の経験では長繁軍が上であり、一進一退という様相になります。

しかし、短期間に何度も突撃を命令する長繁に対し、不満を持つ者が続出。

結果、長繁は戦の最中、背後から味方に撃たれて命を落とすという、悲惨な末路をたどります。

一連の出来事により、越前は一向一揆軍の支配する地域となりました。

せっかく新しく押さえた土地なのに、むしろ信長の支配権は狭まる一方。
当時は、武田氏や石山本願寺の動きを警戒しなければならず、越前にまで手を回しきれませんでした。

このため、越前一向一揆の始末は翌年までもつれ込むことになります。

長月 七紀・記

【参考】
国史大辞典
『現代語訳 信長公記 (新人物文庫)』(→amazon
『信長研究の最前線 (歴史新書y 49)』(→amazon
『織田信長合戦全録―桶狭間から本能寺まで (中公新書)』(→amazon
『信長と消えた家臣たち』(→amazon
『織田信長家臣人名辞典』(→amazon
『戦国武将合戦事典』(→amazon



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