外国人が選んだ忍者の伝説10選

剣豪・忍者

外国人が選ぶ「忍者(NINJA)の伝説10選」がかなりマニアックだ!

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外国人が選んだ忍者の伝説10選
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藤林長門(ふじばやし ながと)

服部半蔵、百地三太夫とならんで伊賀の三大上忍の一人。

伊賀ニンジャの頭領だったにも関わらず、その事実以外あまり知られていない謎の人物です。

信長による【天正伊賀の乱】により、伊賀及び甲賀のニンジャたちは衰退しており、そのとき生き残った長門も後に殺害されたとされています。

ただ、長門はとても重要な財産を残しました。

彼の子孫がニンジャの技術や知識を記した資料『万川集海(ばんせんしゅうかい)』を編集して後世に伝えたのです。

実は百地三太夫と同一人物ではないか?といった多くの憶測もされております。とにかくナゾだらけ。

 

望月千代女(もちづき ちよめ)

おそらく全ての「くノ一(女忍者)」で最も有名なのが彼女でしょう。

戦国武将・望月信頼の妻であり、貴婦人。

夫が戦争で亡くなったあと、夫の叔父である武田信玄に預けられ、女性工作員の地下ネットワークを組織するための人材募集と訓練を担当します。

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千代女は、信州の祢津村に組織本部を設置し、孤児や戦争被害者、元売春婦など300人の女性を集めました。

この組織では様々な工作員としてのトレーニングと共に、変装のために巫女としての訓練も積ませています。

千代女が養成した女性工作員たちは信玄が死ぬまで重宝されたそうです。彼女たちは「情報収集」のためのスパイとしての役割が大きかったようですね。

小説じみていて、かなり怪しい存在ではありますが……。

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石川五右衛門(いしかわ ごえもん)

伊賀も甲賀も認めないかもしれませんが、石川五右衛門を除いて実在したニンジャリストは完成しません。

金持ちから盗み貧しい人々に与える無法者、ロビン・フッドの日本版。

確認はできませんが、抜け忍になる前は伊賀の下忍である百地(原文はMochizukiとなっていますが恐らく誤記)三太夫の弟子だったとも言われています。

五右衛門は関西で盗賊団のリーダーとなり、豊かな大名や神官、商人から奪って圧迫されている農民などに分け与えました。

豊臣秀吉の暗殺に失敗して捕えられ、釜茹での刑になりましたが、伝説では釜茹でにされた時に死ぬ間際まで息子を頭上に持ち上げていたと伝えられています。

海外で有名な義賊と言えばロビン・フッドなんですね。

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百地三太夫(ももち さんだゆう)

石川五右衛門の記事でもあったように、五右衛門は抜け忍になる前は百地三太夫の弟子だったと言われています。

伊賀流忍術の創始者の1人で、服部半蔵、藤林長門と共に伊賀三大上忍の一人。

三太夫の本名は百地丹波泰光(ももちたんばやすみつ)といいますが、一説では三太夫と丹波は別人だとされ、また別の説では三太夫と藤林長門が同一人物ではないかとも言われています。

まぁ、誰が三太夫であれ、織田信長が伊賀を侵略した【天正伊賀の乱】で殺害されたと考えられており、この戦いで伊賀と甲賀のニンジャは一掃されてしまいました。

彼の働きぶりの1つに「異なる妻や家族と共に3軒の家を維持する」なんてものもありました。ある家で彼の身が危うくなった時、別の家へ移ってそこで別人になりきるのです。

いかにもニンジャらしい謎めいた人物です。

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